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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
42/47

幻想と彷徨と1

 ぽつり。

 微かな水滴の感触を肌に感じ、空を見上げた。

「……雨?」

 空には白い雲がわずかながら夕焼け空の下で漂っているだけだが、この世界の雨は雨雲が無くとも降ることがあるので油断はできない。

 また、ぽつりと肌に水滴が落ちてきた。

 徐々に目に見えるくらいに空から落ちてくる水滴の量が増えてくる。

「急ごう。この様子だと精霊が雨を降らせていそうだ。大雨になる可能性が高い」

 フェルラートの言葉に私たちは頷いた。

「次の町まではどれくらいかかるかわかるかい? 何なら馬に乗って急いで町に行くのも手だよ」

「馬なら一刻もかからない。町まで急ごう」

「わかった」

 ジャックの馬に私が、エドガーの馬にフェルラートが相乗りする形で、急ぎ馬を走らせた。

 徐々に強まりだした雨足は、まだまだ強くなりそうな気配を漂わせている。

 雨具替わりに身にまとった外套は、あっという間に雨水をたっぷりと吸い込み重みが増したものの、中の衣服には多少しみこむ程度には雨をしのいでくれていた。

 町の宿にたどり着いてしばらくすると、雨足は一層強まり、まるでスコールのような土砂降りとなっていた。

 馬に乗りなれていない私は、相乗りであっても一刻程をかなりの速度で悪路を走る馬の背に乗っているのは大変だった。

 騎手がどんなによくとも、結局乗りなれない人間からすれば馬での移動はつらい以外の何物でもないのだと身を持って痛感した次第である。

 今回のようなことも旅をしていればいくらでもあるだろうから、やっぱり馬に乗る練習した方がいいのかもしれない。

 誰か頼んだら教えてくれるだろうか?

「これは野宿をしなくて正解だったな」

「大雨の中での客人は久しぶりだな。まあ、ゆっくりしていくといい」

 見るからに人のよさそうな宿の亭主の不思議な言葉に私たちは首をかしげながらも、とりあえずは一泊分の料金を払い部屋で手早く着替えを済ませた。

 着替えを済ませ宿の食堂に下りれば、今日はどうせ他に客は来ないだろうからと、仕込んである料理を遠慮なく格安で振る舞ってやると亭主が言ったので素直に礼を言う。

 そして、大雨について気になったので聞いてみることにした。

「この辺りでこのような大雨は普通なんですか?」

「ああ、普通だよ。昔からこの町周辺ではこうして唐突に大雨が降ることがあるのさ。なんでもこの土地周辺に結構な偉い精霊様が居るそうでな、その精霊様が時折こんな大雨を降らすんだそうだ」

 大雨にまさか精霊がかかわっているとは思わなかったため素直に驚いた。

「精霊がこの大雨を?」

「そうさ。なんでも、この土地に住み着いた精霊様は大層潔癖症らしくてね、土地を汚す奴は何であっても許せないらしい。だから、気に入らない奴はこの土地に入れないように大雨を降らすんだと」

 潔癖症な精霊って居るんだ……。

 思わずそんなことを心の中で思って皆を見ると、ジャックとエドガーは微妙な表情をしていたので、似たようなことを思ったのかもしれない。

 フェルラートに関しては表情がいまいち読み取れなかった。

「というわけで、あんた達はそんな精霊様が土地に踏み入っていいと判断されてこの町に入ってきた事になる。だが、大雨が降っているということは、大雨が降るだけの理由もどこかにあるってことだ。つまり、あんたたちは雨が止むまでこの町を出ない方がいいだろうね」

「それはいったい……?」

「さあね。あんた達は別に何かに追われているとかそういったわけじゃなさそうだから、もしかすると、たまたま精霊様が嫌っているものが、あんた達がこの町に来る時期が重なっただけなのかもしれないね。でも、大雨の中町を出ない方が良いのは確かだよ。なんせ、この大雨は精霊様が降らせているんだからね」

 亭主の言葉に、やはり私たちは意味がよくわからずに首をかしげるのだった。



 その日の夜。

 相変わらず止む気配の見せない大雨を窓から眺めていた。

 これほどの大雨が降れば、土は緩んで大変だろうし、浸水なり雨漏りなりの被害も凄いのではないのだろうか。

 だが、町は特別騒がしくなったりはしていないし、宿の亭主も特別この大雨に悪い印象を持っていない様子から、精霊たちがそのあたりは何かしらしているのかもしれないという考えに至る。

 本当に、いったい何なのだろうか。

 結論の見えない考え事をひとまず終いにしいて、そろそろ寝ようと、枕元にある蝋燭の火を吹き消した。




 その夜は夢を見た。

 だが、どんな夢を見たのかはよく覚えていない。

 泣いてしまうほどの夢だったらしいことは、目元にあてた手の甲が濡れていたことで気づいた。

 悲しかったのか、うれしかったのか、泣いてしまった理由も意味もよくわからなかったが、切なく締めつく胸の痛みがその答えを知っているような気がした。

 雨はまだ降り続いている。雨の具合は昨晩とほとんど変わらない激しい雨音で安易に知れた。

 準備しておいた桶に魔法で水をためて顔を洗う。

 雨水を使うのもいいかもしれないと少し思ったが、雨水をためるために部屋を水浸しにするのは後が面倒だからと諦めた。

 大雨で湿度の高い今は、水を魔法でためるのにもさほど時間はかからないので問題は無い。

 顔を洗い終えると、しばらく洗っていない髪に櫛を通す。べたついた上にごわついているので櫛通りが悪くなかなかに大変だ。

 髪が短ければ苦労も減るかも知れないが、今のところ切る気はないので懸命に梳かす。

 娯楽の少ないこの世界では、髪弄りだって立派な娯楽の一つなのだ。娯楽を減らすのはもったいない。

 女らしさを保つためという理由ももちろんあるのだけれど。

 何とか梳かし終えた髪を編みこんで結い上げる。化粧をしなくても違和感の無い程度の簡易な編みこみなので時間もほとんどかからない。

 一息ついて外の様子を再び窓から覘く。

 この様子だと今日は身動きが取れないだろう。

 外に出れないため体を動かすことも難しし、時間は大いにあまりそうだ。

 後で宿の亭主に髪を洗う用に少し大きな桶を借りられないか聞いてみよう。

 髪を洗う時間ぐらいは十分にあるはずだ。

 顔を洗った水の残りで、布を濡らして体をぬぐい、衣服を整えた後は、徒手としゅで弓を引く練習をする。

 流石に室内で長弓を引く練習などできるはずもないので、手に弓矢を持っていると想像しながら、動きを忘れないように練習するのだ。

 しばらく徒手での練習をしていると、急に不思議な感覚に襲われた。

「あれ? 雨の音がしない」

 つい今しがたまで盛大な雨音を耳にしていたと思っていたのに、気づけば雨音が聴こえなくなっていた。

 すぐに窓の外に視線を動かしたら、そこにはしっかりと雨が降っている様子が見える。

「……どういう状況?」

 とりあえず部屋を一度出てみようと思ったが、何故か扉は開かない。

 扉はびくともしないというか、がたつくことすらしない。いくらなんでもこれは明らかにおかし。

 ならば窓はどうかと思ったところで、何かが部屋の中央に忽然と姿を現した。

 ソレは、まるで人形のように現実味のない人の姿をした何かである。

 私から見て左側が白く、右側が黒い色合いを持つ、男とも女ともつかない中世的な雰囲気の、人の姿をした何かは、目だけはオパールのような色合いを持っていて、瞬きもせずにじっとこちらを見つめていた。

「……誰?」

『誰かな?』

「聞いているのはこっちなんだけど」

『キミは誰に見えるの?』

「一度でもあったことのある人を誰だとたずねるわけないじゃない」

『たしかにね』

 わけがわからない。

 けれど、この目の前の人の姿をした何かは、人じゃない何かであると直感した。

『ボクの姿が見覚えのある誰かの姿として見えていたなら、キミはボクにとって意味がない』

 決して広くない部屋の中央にたたずむソレは、そう言いながら一歩私に向けて歩み寄ってきた。

『ボクの姿が見覚えのない誰かの姿として見えていたなら、キミはボクにとって意味がある』

 意味の分からないことを言いながら、また一歩こちらに近づいてくる。

 ソレは口を動かすことすらせずに、直接脳に言葉を認識させているのか、やけに頭の中で言葉が響く。

『けれどボクはキミにとっては意味は無い』

 足音のしない歩み寄りは気味が悪いはずなのに、拒めない何かが私をその場に縫いとめている。

『意味があるのは、キミが求めた誰かにだけ』

『意味があるのは、キミを求めた誰かにだけ』

 もう手を伸ばせば触れるほどの距離にまできたソレは、オパールのような摩訶不思議な色合いの瞳で私を見据えていた。

『探してあげて、キミの目で』

 ソレの真っ白な右手が私の左頬に添えられて。

『探してあげて、キミの心で』

 ソレの真っ黒な左手が私の右頬に添えられた。

『めぐり逢えばわかること』

 最後の一歩で体すらも密着するが、そこに温もり等感じ取ることなどできない。

 なのに、そこでソレは途端に人間味を帯びたシニカルな笑みを浮かべ、実に人間らしく不敵な意思を感じさせる言葉を飛ばしてきた。

『キミの答えを待っているよ』

 思わず息をのんで、摩訶まか不思議な色合いの瞳を見つめ返した。

 ソレが浮かべた笑みには覚えがあった。

 ソレの不敵な意思にも覚えがあった。

 けれど、その正体がわからない。

 いったい私はどこでそれらを覚えたのだろうか。

 すべてがわからないままに、ソレの唇が私の唇にそっと触れ、まるでその唇の動きに合わせるかのように、私の唇が勝手にソレの言葉を紡ぎだす。

「ボクはそれを待っている」

 そして現れた時と同じく、ソレは忽然と姿を消した。

 激しい雨音が再び私の耳に届くようになっていた。

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