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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
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外伝 とある町の酒場にて

 妻に先立たれ、王都にほど近い町に住む貴族の家に奉公に出てなかなか帰ってこない一人息子を持つ一人身の親父など、日が暮れれば酒場でのんびり酒とつまみを楽しむくらいが日々の楽しみになるのは必然だ。

 最初は一人だったが次第に飲み仲間は増えていき、俺にとってはこの酒場はもう一つの家の様なものだ。

 馬屋は無いからよそ者は入りにくいが、地元の連中なら逆に入りやすいこの酒場は、飯も酒もうまいいい店だ。

 俺が奴と出会ったのも、この酒場だった。

 最初に見かけたのは今から二十年以上も前の事になる。

 弓と矢筒を背負い店に入ってきたその男は、町の男達とはまるで違う雰囲気をその身に纏っていて目を引いた。

 一見細いと見えるが胸板は厚く、ちらりと袖からのぞく腕は筋張っていて逞しい。

 まるで野生の狼のような鋭い顔立ちで、ダークグレイの長い髪を首の後ろで括っているそれは、まさに狼の尻尾のようで、下手にモノを言って噛まれそうな感じがするのに、落ち着いた物腰と穏やかな眼差しが、関わりにくさを見事に払拭している不思議な男だなというのが第一印象だった。

「よう! あんた、この辺では見ない顔だが、どこから来たんだ?」

「森近くの村から。森で狩った獲物を売りに来た」

 さらりと言ったが、その内容は普通とは言えないものだった。

 男が言った森と言うのは、この国でも指折りな危険な森の事を言っているはずである。

 獲物を取って売りに来たというくらいの距離にあるのは、この町に最も近い森しかありえないからだ。

 森の近く、と言うより隣接していると言っても良い場所に村がある事は知っていた。

 なんせこの町に移り住む者が少なからずいるし、森で狩られた獲物が町で売買されているから知らない訳が無いのだが。

 だが、実際に森で狩りをする人間をこの目で見たことはなかったので、実際に目の前にしてみた今、あの危険な森で狩りをする人間にしては平凡だなというのが感想だった。

「あの森で狩りをしてる人間を初めて見たよ。あんた、強いのか?」

「森で狩りをしているだけだ。強いか弱いのかは知らない」

 時折に、森から町に魔物がやってくる事がある。

 その折には、衛兵達が四、五人で討伐に出て、少なからずの犠牲者を出して終息する。

 魔物と言うのはそれくらいに強い。

 そんな魔物がごろごろ居る森に入って狩りをするのだから、そんな男が弱い訳が無い事くらい、聞かなくてもわかっていたが、驕る事のない淡白に答えた男に、俺は好感を覚えた。

「なるほど。森に入って生きて帰ってくるくらいには強そうだ」

 そうして出会ったその男、カイルとは飲み仲間となり、二十年以上経った今でも顔を合わせたら一緒に飲んだりしている。

 カイルは七日に一度だけ、この酒場にやってくる。

 結婚するまではもう少し頻度が高かったが、今では七日に一度だけだ。

 危険な森の側の村だから、家を空ける時間が多いと家族が心配なのだろうかと思ったら違うらしく、家族と過ごす時間を大事にしたいからという理由での頻度らしい。羨ましいことこの上ない。

 だが、微妙に変わった理由だなと思わなくも無い。

 俺とカイルとは色々な事を話、色々な事を互いに知っていた。

 カイルの女房は貧乏貴族の娘で、この町に来た時に一目ぼれされたらしく、その後村に押しかけられ、猛追を交わしきれずに根負けして結婚したらしい。

 そんな女房との間に初めて生まれた子どもは女の子。名前はカレンと言って、大変利発でしっかり者な子だ。

 初めて会った時には実年齢に似合わぬしっかり具合に舌を巻いたのを覚えている。

 今では町の結婚適齢期である男達の憧れの対象になってるらしいが、一人で森に出入りできるほどの実力を持ち、文字の読み書きや本から得た豊富な知識を持ち合わせる彼女を射とめるのは難しいだろうと俺は思っている。

 正直、こんな辺鄙な所で生涯を遂げる子とは到底思えないというのが俺の感想だ。

 カイルの所の長女が生まれた半年後に、俺の所に息子が生まれた。

 元々体が弱かった俺の女房は、息子を産んだ翌年に死んじまったが、幸いにして息子は変にぐれる事も無く、よく育ってくれた。

 それから五年程後にはカイルの所に長男が生まれた。

 自分によく似た容姿で大のお姉ちゃん子ということで、なんだか凄く慣れないと困惑していたが、この前従者になるべく王都へ向かう時に初めて顔を見たが、確かによく似ていた。

 奴が若いころがそうだったのかと思わせる、なかなかに容姿の優れた少年だった。

 息子を見送った後のカイルは、少しだけ寂しそうな表情で酒を飲んで居たのを覚えている。

 二人目の娘は顔を見たことはないが、女房によく似ていて美人になりそうだと心配げにしていた。

 押しかけられ根負けし結婚をした割には、女房を心底愛しているのが窺えて、既に女房に先立たれた俺としては、やっぱり羨ましくてしょうがなかったが、奴が幸せな所を見るのは嫌いじゃない。

 そんな話を七日に一度しか顔を合わせて居なかったのが、実に数年ぶりに、七日間に二度目となる酒場での接触に俺は驚いた。

「どうした? 珍しいじゃねえか」

 声をかけたが、カイルの反応は鈍く、じっと酒の入っているグラスを見つめたまま、顔をあげる事無く小さく返事をするだけだったので、流石に少し心配になって、隣の席に腰をおろした。

「娘が村を出た」

「――――は?」

 唐突に切りだされた言葉に意表を突かれた。

「カレンが村を出た。やっとかと思ったが、ついにとも思ったよ」

「ついに嫁いだのか?」

「否、違う」

「家出……じゃないだろうな。あんな利発な子がそんな事するようには思えんし」

「出なければならない理由は無い。だが、恐らく出るべき理由はあった。だから村を出ただけだ」

「意味がわからねえ」

 まるで独り言のような言葉だと思って、そうか、独り言かと納得する。

 聞いて欲しくて言っているわけではなく、単に思った事を吐きだしたかったから、カイルはそれを吐きだしているだけに過ぎないのだろう。

 女房を無くした時や、息子が一人立ちした時の俺がまさにそうだった。

 その時こいつはどうしてくれていたかと考えれば、その答えは簡単に出た。

 ただ一緒に酒を飲んで居ただけ。

 ならば俺も同じことをするまでだ。

 ただひたすらに呟かれる独り言に耳を傾け、一緒に酒を飲んで静かに過ごす時間は悪くなかった。

 話に出てくる村や森の話は、この町では到底考えられない事ばかりが日常的に起きている。

 そんな中で生活しているカイルの話は、自然とおとぎ話のようになって聞え、面白いのだ。

 普通なら魔物がわんさかいる森の中に娘息子を置いて帰るとかただの虐待だが、村で生活する狩人達にとってそれは別に普通なのだと聞いた時には、顔が引きつった覚えはあるが。

「つまらない話ばかりを聞かせたな」

「そんな事も無いさ」

 ようやく落ち着いたのか、こちらを向いて小さく笑んだカイルに、俺も笑みを返す。

「だが、どうして村で飲んだりしないんだ? そっちの方が気楽だろうに」

「そうでもない。村で飲むのは嫌いじゃないが、こんな事は知り合いばかりの場では逆に心配され過ぎる」

「なるほど」

 そういう事があるから、七日に一度、この町でこいつは飲んでいたのかと納得した。

「しっかしあの子が村を出るとはね。それを知ったらこの町のガキ共は大いに嘆きそうだな。まあ、見込みははなからないから嘆いたところで何も無いが」

「何の話だ?」

 どうやら娘がどれだけ男達の心を奪っているかをこいつは知らないらしい。まあ、知らなくても問題は無い。どうせ、どいつもこいつも見込みなんぞないからな。

 あるとすれば、森側の東門を守る若い連中か、時折巡回で来る騎士達、あとは旅人や魔法使い、腕の良い傭兵や学者あたりなら見込みはありそうだ。

 正直、平凡な連中にはあの子は扱いきれないだろう。

 そういや、少し前に見た騎士達は、えらく別嬪さんぞろいだったが、ああいった連中と顔を合わせて居たなら、もしかすると、と言うのがあったかもしれない。

 まあ、俺が知る由もないが。

「出先でいい男を捕まえて帰ってくればいいな」

 特に何か詳しく言うつもりも無く、そう返せばカイルは真面目な顔で言った。

「そこは心配していない。もう捕獲済みだろう」

「なんだそりゃ?」

 思わぬ切り返しに眉を寄せて聞き返す。

「あの子は私によく似ているから」

「今日のお前は本気で意味がわからん!」

「気にするな」

 いつもよりも少し謎の多い受け答えのする飲み仲間と、俺は夜遅くまで飲み続けた。

 それから何時も通りの七日に一度やってくるカイルから、ありえない話を都度聞く羽目になろうとは、今の俺にはまだ知らない。

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