束縛と幻想と2
晴れ渡る空の下、ラスティは最低限の休みしか取らずに二頭仕立ての荷馬車が出せる可能な限りの速度を保たせながら、己も馬を走らせていた。
ラスティの側を、同じように数名の騎士が馬を走らせている。
馬車を操る任を受けてしまった不幸な騎士は、死なばもろともな勢いで、まるで荷馬車の中身が空であるかの勢いを遠慮なく出している。
御者台には緩衝材のある席が設けられているためかなりマシではあるが、荷台に放り込まれている者たちの所にはそんなものは一切ない。
遠慮なく且つ容赦なく揺れる荷台の中では絶えず悲鳴が上がるも、それらを完全に無視して一行は見事な速さで王都に向けて駆けていった。
「軍用馬車の本気、侮れませんね」
王都にたどりついた時に、ラスティの従者を務める少年ロズリーが関心するようにそんな事を呟くぐらいに、本来は壊れてもおかしく無いほどに乱暴な走行であった。
同行していた他の騎士達も、よく人や動物を轢かなかったものだと疲労いっぱいの様子で盛大に皮肉っていた。
王都にたどり着いたラスティ達一行は、一旦ロズリーを解放して城へと向かった。
過去に城へ同行させていたフェルラートとパーシヴァルに要らぬ厄介事が起きてしまったために、正式に騎士に上がる前までは、ロズリーを城に同行させて下手に王妃と王女らに接触しないようにするためのラスティなりの配慮である。
「もう私も徹夜に長旅までして疲れてしまったからね。さっさとこんなどうしようもない連中を牢獄に放り込んでしまおうか」
キラキラしいニコニコとした表情ながらも不穏な空気をまとってそう言い放ったラスティは、ぐったりとしている荷馬車の荷台に放り込んで居た近衛騎士達をみやった。
フェルラートから引きとった時よりも、明らかに擦り傷や打撲痕が増えている彼らに対して、情などこれっぽっちも持っていない態度である。
おとぎ話に出てくる王子様の様な麗しいその見た目からは考えられないほどに、彼は仕事に対して厳しい人間である。
騎士の道を明らかに逸した行動を起こした者たちに、それこそ容赦など欠片も持ち合わせて居なかった。
「ただでさえ見てくれだけの連中が多くて無駄に面倒事が多いのだから、こういったどうでもいい事は早々に片づけないとやってられないよ」
かなり乱暴な発言だが、貴族社会でも一目置かれる存在の彼に対して、何か思っていても文句を言える人物はほとんど居ない。
そんな彼相手に口出しが出来る人間はこの場には無論おらず、ラスティの部下達は苦笑いを浮かべて肩をすくめるのだった。
「ラスティ!」
城に入ってすぐに駆け寄ってきたのはこの国唯一の王子オブシディアンである。
漆黒の髪に漆黒の瞳を持つ、少し気弱そうな外見をした青年で、王に最も愛された側室の唯一の子である。
良く言えばおっとり、悪く言えばどんくさくて判断力にかける性格ながらも、母親譲りの容姿と、勉強熱心なこの王子を国王は高く評価し気に入っていると言われている。
「ただいま戻りました、殿下」
「すまないな、ラスティ。姉上達のせいでまた迷惑をかけてしまったのだな。もう本当に私はお前に頭が上がらない。本当にすまない」
王妃の子らとは違って、この王子は大変まともな価値観を持っている。
背後に引っ立てられている近衛騎士を見て、より一層すまなそうに眉尻を下げた。
「お気になさらず。これも私の務めですので」
ラスティはこの王子の事を嫌ってはいなかった。
今はまだ平凡だが、しっかりと経験を積んでゆけば十分人の上に立つ事の出来る存在であると思っているくらいには好いている。
ただし、この王子はすこぶる女運が悪く、年が近く腕の立つ者ということでフェルラートとパーシヴァルを側にやったら、見事にその悪い女運でもって二人に被害を出していた。
最大の被害者はフェルラートで、彼はものの見事に女嫌いになてしまった過去がある。
ゆえに、ラスティの王子に対する立ち場は手のかかる知人の子ども的な感じに留まっている。
ちなみにだが、パーシヴァルは元々災害規模の被害を量産する魔女クリスティーヌの側に居た期間が長かったためなのか、あまり王子の女運の悪さによる被害は無かった。
それはそれで、いいんだか悪いんだかである。
「彼らを処分するのに陛下は居た方が?」
決して無能では無い王子は、すぐさま自分にできるであろう事を提案をする。
まだ現国王は引退するには若すぎるほどなので、この王子が国王になるまで時間はかかるだろうが、こういった気配りが出来る所は流石と言った感じで、未来は決して暗くは無いと思えるものだった。
「そうですね。連れてきてくだされば楽になります」
「その口ぶりだと、陛下無しでも問題はないのだな……」
返された内容に、王子は多少しょんぼりした様子で肩を落とした。
騎士としての地位だけでは当然無理だが、ラスティは爵位持ちであり、その爵位は飾りでは無いのを王子は十分に理解しているので反論出来ない所が王子としては少し悲しいものがあったのかもしれない。
しかし、すぐに気を取り直して側に仕えている己の近衛騎士に指示をだした。
「ラスティが楽になると言うなら連れてくるよ。それくらいは私にも出来る。それくらいしか出来ないとも言えるけどね」
「恐れ入ります」
ラスティはまた恭しく一礼した。
国王の力を遠慮なく使って手早く近衛騎士達を牢獄に放り込んだラスティは、さらに仕事を持ちこんでこようとした上司である騎士団長にキレて短剣を団長に向けて全力投擲して黙らせた後帰宅した。
先に戻っていたロズリーが、珍しく不機嫌な様子を隠さず表情に出している事に驚いてはいたが、理由を聞いてすぐに呆れた表情を浮かべる。
「ラスティさんも大概ですけど、団長さんも似たり寄っただなって、俺は時々思いますよ」
「言ってくれるなロズリー」
案外その指摘は正しいと思っているラスティは、認めたら負けだと言う様に首を振って形ばかり否定すると、自室に戻って着替えを済ませる。
着替え終えたタイミングでロズリーと優秀な召使いがティーセットを部屋に運び込んできて、仕事を終えた召使いは下がり、ロズリーは部屋に残った。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん? 何をだい?」
注がれた紅茶はどうやらベルガモットのようで、爽やかな香りがささくれ立った気分にはなかなかに効果的であった。
ラスティはカップに口をつけ一口飲んだ後、フェルラートとパーシヴァルとは違った優秀さを持つロズリーを見返した。
「俺は今、騎士になりたいという夢を叶えたい半面、今回の様な事がよく起こると言うこの国に対して、どうすればいいのか、自分はどうありたいのか、ちょっとわからなくなったんです」
ラスティは何も言わず、ただ穏やかに笑んで言葉の続きをじっくりと待った。
「人を守り、それでもって国を守る事が騎士だと思っていました。現に、俺の知る正騎士の人達はそうである人ばかりです。けど、全員がと言うは訳ではないですが、多くの近衛騎士はどうもその道から外れて居る気がします。思い描いていた理想の騎士像そのままの正騎士になればいいと考えればいいのかもしれませんが、それはなんというか……逃げてるみたいでなんとなく嫌っていうか……」
口には出さなかったが、よく見てよく考えている子だと、素直にラスティは感心していた。
ラスティ自身、騎士として、そして貴族として、国との関わり合いがとても深いために、ロズリーの思う所が何となくだが理解できていた。
喉に何かがつっかえているような微妙な感覚が、確かに今この因果の国には存在しているのだと。
王妃でありその娘たる二人の王女が根本原因と言う訳ではない。
王妃や王女達は、単に歪みの一旦なのだとラスティは考えている。
根本的な所は別にあるのか、あるいは小さな歪みが大きな歪みになっているだけなのか、今の所それを判断できずに手をこまねいているというのが現状なのである。
「いつだったか、俺が騎士になりたいって言ってしばらくした頃だったと思いますが、姉が言っていたことがあるんです。国とは民が居てこそ国であり、民が居ない国は国では無いと。そして、騎士になるということは、国を統べる者に仕える事だが、その人の為に動く存在なので、場合によっては民を苦しめる存在になると」
思わぬ言葉にラスティは口元に運びかけていたカップの手を止めた。
「俺が仕えようとしている人は、国である民を守る人なのか、今の俺にはよくわからないんです。だから、少し怖くなりました。俺は民を守る騎士になれるのかって」
ロズリーの言葉に、ラスティは浮かべていた笑みを消して、静かに瞑目した。