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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
34/47

代償と束縛と3

 今どき個人での手紙という連絡手段を用いる事は極めて少ない。

 電子機器の発展によって生まれたメールという安易且つ相手との連絡を取る時差というものが限りなく軽減された新たなツールによって、手紙という連絡手段の地位は一気に落ちぶれ廃れてしまったからに他ならない。

 だが、それでもその連絡手段が用いられる事はもちろんある。

 その一つが今まさに私が手にもっているこれだ。

「結婚かあ……」

 封筒に入れられた幸せいっぱいの内容を見る機会はここ最近になって特に増えて来た。

 二十も半ばに差し掛かれば自然と増えて行くのが結婚というものだ。

 仕事に見切りをつけたり転職したりをする時期もこの年齢が多いので、丁度その時に自ずと考える機会ができるのだろう。

 幸せいっぱいの友人知人に多少嫉妬はするが、純粋に良かったとも思える心もちゃんと持てる自分に関心する半面、自分にはまだその兆しの断片すら無い状態なのだなと考えてしまう。

 独身女の悲しい性である。

 しかも知り合いがほとんどが女というのもある意味悪かった。

 結婚の後には妊娠と出産でまたお祝いである。

 唯一既婚者よりも余裕のある金銭面も、自分に使うよりも多くをそれらに使うので、結局どんどん他人にむしり取られて行くので得をする事はこれっぽっちもない。

 自由な所は恐らく自分一人の時間を多少多く取れる事くらいだろう。

 封筒に同封されていたはがきに返事を書けばため息がもれる。

「私の幸せはどこかしらねぇ」

 一人暮らしの部屋にはそんな小さな独り言ですら良く響く。

 仕事ができても、趣味で充実した一日をおくる事ができても、ふとした拍子にこの虚しさはやってくる。

 彼氏が欲しくないわけじゃない。

 結婚がしたくないわけじゃない。

 子どもが欲しくないわけじゃない。

 全部手に出来れば欲しいものだけど、どうすればいいのかわからないのが今の私なんだとなんとなく思う。

 そして思っているだけで何も出来なくて、虚しさは結局埋められはしないのだ。

「白馬の王子様が迎えに来てくれるお姫様はいいね、ほんとにさ」

 物語の中のお姫様は何もしなくたって白馬の王子様が優しい頬笑みを浮かべて颯爽と現れ愛の言葉を耳元で甘くささやくのだ。

 なんて贅沢なんだろう。

 現実はそんなに簡単に行く事なんてまず無いからこそ、王道のラブストーリーに憧れを抱き続けられるんだろうなと改めて思った。

「向かえに来てくれませんかね、おうじさま~」

 そんな言葉も結局虚しく部屋に響いて消えるだけだった。

 既に外で夕飯は済ませていたので化粧を落としてお風呂に入り、ひとしきりぐだぐだのんびりと時間を過ごす。

 ただでさえ常に暴風警報が発令されているような職場に居るせいか、こうしてのんびりできる時間は貴重であり大切だ。

 タバコは臭いと喉の関係でまったく手をつけた事はないし、お酒は過去のしょうもない出来事が関係して付き合いで飲む以外は飲まないので、一服と言えば茶葉を厳選し入れ方にこだわったロイヤルミルクティーである。

 甘すぎない濃厚な味わいを感じれば、荒みかけている心も大分落ち着くと言うものだ。

 それでも一度考えた事はなかなか消える事は無く、結局いつも堂々巡りを繰り返してしまうのだが。

 好きな人と手を繋いで、笑いあって、心を確かめ合う様々な行為はどんなものなのかと色々考えた所で、結局のところ経験が無い私の想像はあっというまに終止符が打たれてしまうのに、そんなことを何度も何度も考えては悩むのくり返し。

 いい加減馬鹿馬鹿しく感じてもいるのに、何故か終わりが来ればまた新しく想像してしまうのだ。

「一度くらいはこれだっていうのがあればいいのに、無いんだよなあ……」

 結局また一人落ち込んでため息をつく回数ばかりが増えてゆく。

 カップを片づけ布団にもぐりこむ。

 いつのころからか、私は自分の体を抱きしめるようにして眠る様になった。

 寂しさを紛らわすためなのか、単にその感覚になれてしまっての行為なのかは自分でもよくわかっていないが、こうすることで多少は安心するのは確かだった。

 徐々にまどろむ意識と同じく、ぎゅっと自分で自分を抱きしめた体からはどんどん力が抜けてゆく。

 ――――ふと、何か、温かな何かが体を包んだ。

 なんだかそれがとても愛おしくて、なんとなく手を伸ばして温もりをとらえてみようとしたら、その温もりは手にできて、それでひどく安堵した。

 なんだかよりその温もりが側にきて、掴んでさえいれば離れないんじゃないかと思って、逃がしたくない一心で、自分を抱きしめていたもう一方の手を伸ばし、抱きしめるようにして温もりを側に寄せる。

(あったかい)

 確かな手ごたえと同じく温かな温もりを得て満足し、意識はあっという間に拡散した。



「……ん」

 小鳥のさえずりが聴こえて、意識が現実に引き戻された。

 ゆっくりと目を開ければ、カーテンの隙間からは弱いが日の光が漏れてみえた。

 つまり、朝である。

「ん。……うーん」

 なんだが少し息苦しいくらいに体の上に何か重いものがあるように感じて、ぼうっとした頭を動かし視線を動かした。

 見覚えのある色がすぐに視界に入り、何故その色がここにあるのか考えを巡らして――――。

「ぇえっ!?」

 小さく叫んで思わずすぐさま起き上がろうとして見事失敗する。

(なんでフェルがここにいるの――――!?)

 そう。見覚えのある色は頼もしい旅仲間の持つ髪色であり、つまるところ、私の体にかかっているこの重さは彼の体の重さという訳であった。

 何故かがっちり抱きしめられている上、美しい御面相は首元という近すぎる距離にこちら向きに存在しており、下手に動けば普通に顔が触れあってしまう状態なのでさあ大変。

 流石にその状態は心臓に悪すぎるので早く離れたいのに、抱きしめられているせいでその距離を離す事ができずになお慌てる。

「フェル! 起きてフェル!」

 軽く叩いて呼んでも彼は全然起きる気配を見せない。

 野宿の時はすぐに目を覚ましたのにどうしてなのか。

 この距離は心臓に悪いので、本気で早く起きて欲しいと願ってみても、そういった時こそ事態はいい方向に動かないものである。

 体を揺らした事がいけなかったのか、より一層強く抱きしめられて、彼の顔がありえないほど近づいてくる。

(ひいっ!!)

 もう本当にどうすればいいのかわからなくてパニック状態だった。

 頬ずりするようなしぐさで彼の頭が動き、首元に柔らかい感触が触れて、そこから小さな吐息が漏れ出てきた瞬間に全身が完全に硬直した。

(た、たすけてー!!)

 声が出せないほどの衝撃を味わい、やっと目を覚まして起き上がった彼に私は涙目になって訴えた。

「色気爆発しろっ!」

 訴えと言うより、なんだか微妙な非難だったような気がしないでもなかった。

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