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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
33/47

代償と束縛と2

 自業自得なので仕方がないと理解はしていても、嫌だと言う気持ちを抑えられるわけではない。

 しなだれかかってくる体。耳元でささやかれる猫なで声。甘ったるく不快な匂い。

 全てが不快なものでしかない。

 男の欲を処理する上で必要な場の一つとしては理解はしているし、悪いとは思っていない。

 自分の身にも時折起こる衝動のことだ、否定などできるはずもない。

 だが、自分の体はそれら全てを無意識に拒絶する。

 忘れたくとも忘れられないあの出来事に、自分の心は今も尚束縛され続けているからだとわかっていても、拒絶する事自体をやめる事は出来ないでいる。

『忘れろ。全て。お前が覚えている必要など、何も無いんだ』

 消えゆく灯火を留めようと抗い幾度と無く伸ばした自分の手を、あいつは何時だって笑顔で払いのける。

 もう手遅れなんだと、最後の最後まで笑って。

「フェル?」

 蘇ってきた記憶に飲まれそうになった自分を、ここ最近ずっと身近にある落ち着いた声が現実へと引き戻した。

 女性にしてはやや低めのその声は、何時だって落ち着いていて耳に心地いい。

 本人いわく、自然に馴染んでしまう音程の声だと言っており、場合によっては話しかけても全然気付いてもらえない事があって、わざと声を高くしないといけないんだと面倒くさがっていたが、自分にとってカレンの声は、雑音を全て消し去る程の力を持つ声だった。

 思えばアイツの声も、彼女と同じように穏やかで、大声でなくとも紡がれる言葉一つ一つが自然と耳に残るような力のある声だった。

「なんでもない」

 ぼうっとしている暇など無い。町はもうすぐそこだ。

 一人でなければ大丈夫だと自分の心に言い聞かせても、蔓延る不快感は消えず、無意識にカレンの腕を引いて、彼女の身に縋る自分を情けなく思った。

 だが、背に腹はかえられない。無理なものは無理なのだ。

「絶対に離さない。何があっても」

 彼女の肩を抱き寄せて、その存在をより一層この身に感じさせれば、きっと問題は無いだろう。

 不快でしょうがない場所も、きっとなんとかできるだろう。

 ほとんど彼女頼みではあるが、きっとそれを彼女は許してくれるに違いない。

 カレンという人物はそういう人間だ。

 都合良く利用していると言われれば否定は出来ないが、決してカレンという一人の女性をないがしろにしているわけではないことだけは確かであると、今の自分にはそれしか言えないのが申し訳ない所ではあるのだが。

 


 町に入ればたちまち不快感をもたらす事ばかりが起きる。

 苛立ちは募り、だからといってどうにかできる術は自分に無く、無言と無視を貫き通すしかない。

 なかなか纏わりついて離れない女は、進行の邪魔になってきたところで多少乱暴であったとしても突き放し、強い香水の匂いに我慢しきれなくなったときにはカレンの首筋に顔を埋めて匂いを誤魔化しやりすごす。

 旅をしている間も可能な限り身綺麗を心がけているカレンからは不快な香りなどしないから、彼女の香りは自分の心を自然と落ち着かせてくれる。

 だが恐らく相当に困らせていたことだろう。

 喋る余裕などなかった自分は、心の中で幾度も彼女に謝罪の言葉を呟きながら、必死に全てをやり過ごした。

 やっと見つけた普通の宿に入りようやく落ち着いたところで彼女を解放して一連の事に対して謝罪すれば、あっさりと気にする必要はないと言う。

 偏見や思いこみを押しつけてくる事のない彼女に、また自分は救われることとなった。

 宿に着いた時には既に夕飯時をかなり過ぎていたが、なにより空腹感を感じられないほどに疲労していたため、携帯食で簡単に食事をすませて一息つく。

「悪いんだけど、ちょっと後ろ向いたままでよろしくね」

 そういった矢先に衣擦れの音が聞こえてきたので、思わず声に振り向きそうになった自分を制した。

 流石にこれには何も感じないでは居られない。

 嫌悪に近い感情を大概の女性に対して抱くために、目の前で服を脱がれようが、裸体ですり寄られようがどうでもいいとしか思えないのが常だが、その感情を抱くことのない彼女の場合は論外だ。

 無駄に音が部屋に響くので、どうしたってその音が気になってしまう。

 いっそ部屋の外に出てくれと言ってもらったほうが良かった。

 しかしこれは部屋を取るときに懸念して同室に泊まる事を決めたときの事を、彼女なりに考慮し気を使ってくれての事なのだろうと思い、純粋な好意を無駄な想像で台無しにしないよう、自分の荷物の整理に手をつけることにした。

 汚れた服を脱いで自分の肌を濡れた布で拭き終え着替え終えた時には、既に部屋では自分が立てる音しかしていなかった。

 もう大丈夫だろうと振り向けば、既に彼女はベッドの上で静かに寝息を立てている。

 相当に疲れていたのだろうか、布団をかぶる事無くその上で眠っていた。

 そのまま寝ていると場合によっては風邪を引いてしまうかもしれないと思い、布団をかぶせるために彼女を一度抱きあげる。

 抱き上げた彼女の体は軽過ぎて、自分でも驚くほどに動揺してしまったが、そっと体を下ろして布団をかぶせた。

 その時に少し身じろぎした彼女の手が自分の左手に触れたその瞬間、体に激痛が走った。

「うぐっ……!?」

 あまりに唐突にやってきた強い痛みに思わず体が傾きそうになり、傾いだ体を支えるために慌てて手を突いた場所は眠る彼女の顔の真横。

 幸いにしてカレンの眠りは深かったようで、彼女を起こすことはなかったが、それに安堵する余裕はなく、一向に収まらない痛みのせいで、ついた手をどける事もできずに耐えるしかない状態がしばらくつづいた。

 意識が遠のきそうになったときに、淡い光が視界に入った。

 光の正体を探るべく、ぎこちなくしか動かす事の出来ない体を動かし視界をうごかせば、彼女の胸元につけられているブローチが目にとまる。

 光はまさに、自分が作り出した魔石から発せられたものだった。

 まるで炎の揺らめきのように、強く弱くと魔石が光れば、その光の強さにあわせて痛みの強さが変わっていることに気づく。

 すると急に視界が現実と異なるものに切り替わり、白濁してぼやけた視界に何かが映し出された。

 ほとんど何も見えず、影が動いているようにしか見えないのに、自分はそれが何なのかを何故かはっきりと理解できていた。

「――――泣くな」

 その影は人だ。

「泣くな」

 その人は泣いている。

「泣くなよ……!」

 痛む体を必死に動かし、何故か最も痛みの激しい左手を伸ばして、その影の人をつかもうとして、掴めずに苦悶する。

 その人が泣いている姿なんて見たくはない。

 だから自分は叫んだ。

「俺の知らない所で、泣くなっ!」

 泣くならせめて、自分の側で泣いていてくれと。

 そう叫ぶ事しかできなかったから、苛烈なほどに熱い喉から可能な限り大きな声で叫んだが、その叫びは次第に声にならなくなって、しまいには口を動かす事も出来なくなってしまった。

 突然知らない声が頭に響く。

 何故だかその声に苛立ちが増す。

【お前には資格がある】

 ――――何がだ?

【お前には繋がりがある】

 どんな繋がりだと言うんだ?

【だがお前でなくても問題は無い】

 何が言いたい!?

【その刻は近づいている】

 刻とは何時だ? その刻とは何の事だ?

【その刻までに決めるが良い】

 何を――――!?

【その身を束縛する存在を望むのかどうかを――――】

 また突然視界がもとに戻るも、意識はもう切れる寸前だった。

 傾いた体を抑えきるだけの力はもう無く、彼女の体を押しつぶさないようにしなければと、その体を抱き込み、意識を手放した。

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