代償と束縛と1
実に平穏かつ穏やかな旅を続けて二日。
多少の危険や苦労を気にせずに進む事もできなくはなかったが、旅に出て日の浅い私が居ることと、徒歩であることで進行が決して早くない事、その二つの理由があるために、可能な限り野宿を避けるような道を進もうと言う結論づけた私たちは、少々回り道にはなるが、ミスティレイの街から三つの町を通過するような経路を選び、今はその一つ目の町であるシャーデの町まであと少しというところにまでやってきた。
シャーデの町はもう目前で、町が見下ろせる小高い丘の上で一息ついていた。
決して大きくはないが、とても色鮮やかな町並みが遠目ながらも見て取れる。
側で見たらもっと色鮮やかなのだろうかと想像しながら、隣を歩くフェルラートに訪ねた。
「なんだか賑やかそうな町だね。どんな町か知ってる?」
何気なく聞いた内容に対しての返事はなかった。
むしろ回答をもっているであろう同行者は、その問いによって進行をやめて立ち止まってしまったので、私も足を止める。
「どうかしたの?」
「・・・・・・今日は野宿にすべきだ」
「は?」
唐突な申し出に意味が分からず首を傾げるが、彼はひどく真剣な表情で、どこか懇願にも近い視線をまっすぐにこちらに向けてくる。
「それがいい。ここで野宿にしよう」
「いや。あの、私にもわかるようにその結論に至った理由をいただきたいのですが」
何故か理由を言いたがらないその様子こそが明らかに何かあるとわかる態度となっている事に彼は気づいていないのか、見返した私は無言で視線を外さずにいれば、その視線に根負けした彼は肩を落として小さく首をふって答えた。
「あそこが色町であることを失念していた」
言われてすぐに内心盛大なつっこみを入れてしまったのは仕方がないことだと思う。
女嫌いの本人が、一番失念しちゃいけない事を何故失念したしと。
私の言いたいことは十分理解している様子で、まったく隠そうともせずに本気で彼は拒否に近い反応を示してくる。
「色町って言っても、町すべてがそういった場所って訳では無いでしょう?」
「そうだが、だが・・・・・・」
微妙なその間で、言いたいことは何となく理解できてしまい、私自身も正直なんとも言えない気持ちになる。
彼の容姿を見て放っておく娼婦が居ないわけがないと。
騎士と言う立場であるため訓練され鍛え抜かれた体躯は細く見えるが引き締まっているので、それだけでも魅力的に見えるわけだが、整い過ぎた顔立ちは美しいがゆえに現実味が無く、まるで氷細工で出来た人形のようにも見えるも、たれ目がちなアイスブルーの瞳には生にあふれて力強い意思が備わっているため、それが人を引き付けてしまうのだ。
美人さんであるのも大変である。
「でもここで今野宿したところで、町は通らないと駄目だったんだよね? 確か」
そう。それが何より一番の問題だった。
シャーデの町は河をまたぐようにして栄える町であり、その町にある橋をわたらないで進む為には船または、馬で王都から来たフェルラート達がミスティレイにやってくる時に最短距離で駆け抜けてきた時に使用した大橋を渡るしか道が無い。
船での移動は距離が短いにも関わらず多額の金を払わないと乗れないので一般人はまず使わない移動手段だ。
当然、私もフェルラートも大金など持ち合わせていないので船で渡るのは論外だ。
大橋まではここからおよそ一日半程度の距離にあるため、野宿を一回すれば橋にたどり着きそこを渡ることが可能なのだが、橋を渡ったその先から王都までには町が無く、徒歩での移動ともなれば食料を切り詰めていく旅となる事は確かだ。
もし大橋を渡るにしても、食料を確保しに町に寄りたいところだし、町に寄るくらいなら一夜泊まるのも大した差はない気もする。
なんとも微妙な状況だった。
その事をフェルラートも十分理解しているはずなので、小さくうなりながらも仕方がないと歩みを再開した。
それからしばらく後の現在――――。
シャーデの町は遠目から見たとき以上に色彩豊かな建物が建ち並ぶ華やかな町だった。
色町とフェルラートが言っていただけあって、町のいたるところに着飾った女性が目につく。
そして、やはりもめごとが起こりやすいのだろうか、用心棒の様な屈強な男達もかなりの数がいるようで、ある意味治安は悪くはないのではないかと言う印象をうけた。
ちらほらと高級そうな馬車が止まっていたりしている所をみると、想像だが王都からの客が結構来る所なのかもしれない。
事情は色々ありそうな気もするが、それは一般人である私の知った事では無いので深く考える事はしないでおくことにする。
町に足を踏み入れる少し前に、フェルラートが無言で私の肩を抱いた。
唐突過ぎて驚いた私に対し、どこか縋るような色を浮かべた目を向けて、かすれ気味な声で彼は言った。
「絶対離さない。何があっても」
これが惚れた相手からもらった言葉であれば心躍って喜ぶ所だろうが、残念ながら現在の私たちの間柄はそういったものではない。
現に、掴まれている肩は色恋とは無縁な強さであった。
女嫌いだが女性に手を挙げることなどできない彼に、まとわり着いてくる女性を追い払う術はとても少ない。ゆえに、既に相手の女性が居るからと断るのが一番手っ取り早くて楽なのだろう。
彼はつまり、女避けのために絶対に私を離す気が無いと言ったに過ぎないのだ。
事情が事情なだけに利用される事に関しては特別何も感じないが、そこまでしないといけない彼は不憫だなと心底思った。
それにしても見事なものだった。
自分の容姿は確かに地味でそう目立つものではないと理解していたが、多分そんなことなど関係無いのだろうなと思うほどのエンカウント率である。
「ねえ。すぐそこよ? 一緒に遊びましょうよ」
「相手が居たって別によろしくてよ」
「お金なんて入らないわ。私を抱いてちょうだい?」
もう凄すぎて呆れるどころか関心しそうになった。
フェルラートはまとわりつかれた女性を全力で無視し、しばらくしても離れないようなら少々力任せであってもからみついてきた体をはじくようにして離し、その都度私の体は力強く抱き寄せられる。
香りが強すぎる女性が来た時などは、首筋に顔をうずめられて物凄く困った。
彼の行動は全て無言で行われるので、ある意味全て唐突なので、こちらも文句を言う隙が無くてとても困る。
相当に余裕が無いのだろうと感じられる強さで抱き寄せられた時には、思わず顔をしかめそうになるが、なんとかそこは笑顔を浮かべてやり過ごす事に力を注いだりした
偉いぞ私と自画自賛してもいいだろうと思う。
おかげで通常の宿を見つけるにも相当な時間を要した。
なんとか見つけた宿に入ってようやく一息を着くことができたときには、もう夕飯時をかなりすぎた頃合いだった。
空腹だと思っていたのに疲労が空腹感を上回っていたため、今日の食事は携帯食ですませることにして、部屋に椅子が無かったので、ひとまずベッドの上に腰を落ち着ける。
別々の部屋だとフェルラートが夜這いをかけられる可能性がありそうだということで、部屋は未婚の男女であることを取っ払っての二人部屋である。
女の私では無く男のフェルラートの身の方が危ないとか微妙すぎるが否定しきれない所がなんとも言えない。
ベッドは別々だし、自分の貞操の問題も今のところ気にする必要は無いだろう。何かあったとしても既に互いに成人している身だ。部屋を一緒にすると決めた時点で何かあれば自己責任だと腹はくくっているが、彼の性格と今の様子からして本当に何も無いと言える。
「今日はもう外に出ない。もう嫌だ」
フェルラートは疲労困憊で完全にすねているような状態である。
少年らしさは普段あまり感じられないからこそなのか、もの凄く子供っぽい態度が思わず笑いをさそった。
まとめてある荷物をほどき、必要なものと不要なものを仕分け終えてから、私は寝るための準備にかかる。
とはいっても大したことはしない。
濡れた布で体の汚れを拭き取ったり、綺麗にしておいた服に着替えたり、結い上げた髪をほどき、砂埃でごわついた髪を櫛で慎重にとかして整えるくらいだ。
本音を言えば湯浴みぐらいはしたいのだが、ミスティレイとは異なりこの町での水の価値は高い。得られる水の量に比べて需要が高いのがその原因だ。
湯浴みするほどの水の確保をしようものなら目が飛び出るほどの値段になりそうだと言うことは町を歩いていて把握していたので、湯浴み自体を既にあきらめている。
魔法で多少は作り出せるが、一度水を浴びれば髪を綺麗にできるという訳ではないから、作り出しては洗うのを繰り返さなければならないために髪を洗うだけでも疲れ切ってしまうためにやめた。
人間、時にはあきらめも大切である。
髪をとかし終えて手早く上着を着替えてしまえばどっと睡魔が押し寄せてくる。
旅はやっぱりなかなか慣れなくて疲れるものだなとぼんやり思っている間に私の意識はあっという間に遠のいていった。