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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
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外伝 とある衛兵の旅立ち

 王都より馬車で五日ほどかかる距離にある小さな町に二つしかない、気持ち境目程度に設けられた門の東側に位置する衛兵達の詰所。

「なん・・・・・・だって・・・・・・?」

 穏やかな昼下がり。夜から朝にかけての門番と言う務めを終えた一人の青年が呻くような声をあげた。

 左右が多少外側にはねる癖のある赤みの強い茶色の髪に、どこかガキ大将のような少年らしさの残る顔立ちをした青年ジャックは、さっきまで寝むそうだったその表情を強ばらせてその場に固まっていた。

 ジャックの相方として同じく務めを終えた、ベルベットのような不思議な色合いを見せる葡萄酒のような赤紫色の波打つ長い髪を首の後ろで丁寧に括った、女好きする中性的な顔立ちの青年エドガーは、多少哀れみを含んだ視線ををジャックに向けて肩をすくめてみせた。

「愛しのカレン殿が村を発ったそうだ」

 放心状態に近かったジャックははっと我にかえり、必死の形相でエドガーの襟首を掴みがくがくとゆさぶった。

 揺さぶられた方はたまったものではなく、掴まれた襟首を力任せに振り払い、よれてしまった襟首を正して、女性を虜にする魅力的な目元を多少不機嫌に細めて相方を見据えた。

「村を発ったのは二日前の早朝だそうだ。ちょうど俺達が非番の日だな」

「そんなっ!?」

 この町から最も近い大きな森の側には村がある。

 そこは森と共存して暮らす村人たちがおり、そこに唯一の女狩人であるカレンという女性が暮らしていた。

 ジャックは彼女が少女であった頃に、父親と共に町にやってきた際に一目ぼれし、その後はことごとく根性の悪い(?)カレンの弟の妨害にあってひたすらに思いを寄せているしかない日々を送ってきていた。

 そして、結局はその思いを伝えられずに彼女は村を出て行ってしまったのだが。

 カレンはそれなりの容姿の持ち主ではあったが、まあ言ってしまえばそれなりの容姿というだけで目立つ部分はなく、簡単に言えば地味な容姿の女性である。

 だが、彼女は動きやすさを重視したがゆえによく男装をしており、その格好が下手な男よりもハンサムに見えるために、それが案外目立つ人物でもあった。

 気だてがよくなかなかに賢い娘で、女性にしては珍しくはきはきとした率直な物言いをし、よく女に翻弄されがちな無骨な男達(主にこの街の衛兵達)からは、ひどく可愛がられていた。

 そんな彼女が何の理由があってか村を発ったのだという話が、その起った日から二日の時を経て、ジャックの耳にとどいたのが現在というわけである。

 衛兵達は皆、ジャックがカレンに惚れ込んでいることを知っているため、可哀相に思って口を閉ざしていたらしいが、それだけではない事をエドガーは感づいていた。

 小さな町とはいえ近くに魔物が多く住まう森があり、その森から時折魔物が現れる事も当然ある。

 だが、その魔物と対峙し無事でいられる人材はこの町には少ない。ジャックとエドガーはその数少ない人材の一人であった。

 自分たちの危険を出来る限り少なくしようというのが一般人の考えだろう。数は少ないとはいえ魔物と対峙しないで居られる衛兵はまずいないというくらいには、魔物との遭遇する頻度は高いのだ。

 ゆえに、魔物と対峙し無事に生き延びる事の出来る腕の立つ衛兵を、みすみす逃がしてなるものかという思惑が、決して少なくない割合で働いているのだろうとエドガーは見ている。

 また、剣の腕がたち、給金も安定している衛兵と言う職務につき、見た目も決して悪くはないという優良物件であるジャックを手に入れようとする女たちの思惑も多少は有るに違いない。

 残念ながらその思惑など彼にとっては無意味だと言う事を、エドガーは十分に理解していたが。

「なぜだ? なぜ村を!?」

「俺が知るか。っておい、泣くなよ鬱陶しい!」

 その言葉通りに心底鬱陶しそうに、涙目になっているジャックの肩をエドガーは叩いた。

「あのクソガキがまた王都へ行ったって言うから、今度会った時にはと思ってたのに!」

「……お前がそう言って結局実行に移せていない回数は両手じゃ数え切れないほどあったと俺は記憶しているが」

「うるさい! 今度こそはと決めていたんだ!」

 実に馬鹿馬鹿しさただよう内容であるが、本人はいたって真剣である。

 不器用な上に最大の敵が愛する人の弟とか不憫すぎる男であった。

「俺はまだなにもしてない、していないぞ! カレン殿とは似ても似つかないこざかしい性格の弟に邪魔扱いされ、コケにされただけで、まだ何にもしていない!」

「よく自分の事わかってるじゃないか。関心関心」

 きっと睨みかえされても、慣れているエドガーはどこ吹く風である。

「で、どうするんだ?」

「無論、追うとも」

 既に決定事項のごとく拳を握りしめ、目をギラギラとさせて力いっぱいに言った。

「俺はカレン殿を追うぞ!」

「行き先の見当は?」

「そんなもん愛があれば見つけられる」

「そこは根性論じゃだめだろうが。……まったく」

 ジャックは意気込んで席を立ち上がり、エドガーはそれを見て深いため息をつく。

「さっそく辞意を隊長に告げてこなければならんな」

「おいおい。もうか? 気が早いな」

 仕方ないなと言いながらエドガーも立ち上がり、斜にかまえてジャックを見据える。

「三日待て」

「なんだ? エドガー。藪から棒に」

「三日で身の回りの整理をしてくる。お前は俺の分の辞表を一緒に出す事と、必需品の確保をしておけ」

「……は?」

 カレンを追う気のジャックは、何故か一緒にエドガーも町を出る気であるように聞こえたその口ぶりに、わけがわからず首を傾げれば、エドガーはすまし顔で堂々と、そして抜け抜けと言い放つ。

「俺を好いている女に別れを告げて、また来たら相手をしてもらえるように言うのさ。所詮、戯言だがな」

 流石の内容に、ジャックは無言でエドガーのスネを蹴り、それをまともに食らったエドガーは盛大に顔をしかめて声にならない悲鳴をあげたのだった。





 カレンの行く先は予想以上に安易に判明することとなった。

 だがその理由には、二人共に若干顔を引きつらせたのだが。

「カレン殿のことを思えば同行者に感謝すべきかどうかは正直わからないが、追う側としては感謝してもいい事であるに違いない」

 そう結論づけて、ひらりと馬の背にのり馬上の人となった二人は複雑な表情を浮かべて馬の腹をける。

「同行者がまさかの悪名高き魔女クリスティーヌとは……。全くもって予想外で想定外でいろいろな意味で規格外だよカレン殿……」

 魔女クリスティーヌは災害規模の魔法が使える大魔法使いであるが、災害規模の魔法を本当に使う厄介な魔法使いでもある。

 誰もがその存在を恐怖の対象としてとらえられている人物が、まさかの同行者である。

 カレンの気苦労は目に見えている分、むしろ無事に過ごせているのか気が気では無いジャックを、エドガーが上手く諫めながら二人は馬を走らせる。

「なぜカレン殿は魔女と一緒に旅に出たかはわからないが、聞く限りではまだ五体満足でいるようだし、急げばまともな状態で再会くらいはできるだろう。たぶんだが」

「余計な事を言って現実にでもなったらこまる。少し黙っていろ相棒」

「俺が口を閉ざすのは、女性の口をこの口でふさぐ時だけさ。知らなかったのか? 相棒」

 無言で睨むジャックの視線をエドガーは当然のように無視する。

 なんだかんだと付き合いの長い二人は、良い所も悪い所もよく理解しているからこその反応だ。

「まあ、カレン殿を追うのはいいが、俺達の抜けた穴とやらがどれ程かは知らないが、それを埋める人材とやらを見つけるのも忘れないようにしないとな」

 故郷では無いにしろ、長い間過ごした町を思う心はある。

 すがりつかれるようにして全力で頼みこまれた事を忘れないようにと口にしながら馬を進めることをやめはしなかった。

 二人は町を一度だけ振り返り、晴れ渡る空の下、やや騒がしくししながら旅立った。

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