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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第一章
24/47

標的と隙と2

「王都にたどり着ければどうにか出来ると思うわ」

 きっかけはクリスティーヌのその一言だった。

「どう言う事?」

「どうにかの内容は教えられないけど、理由は教えてあげられるわ」

 クリスティーヌが口元を吊り上げて優美な笑みを浮かべて言った。

「私が『王の目』だからよ」

 言われたところでその理由がさっぱりな私は首を傾げるしかなかったが、どうにか出来ると言うのだからどうにかするんだろう。

 短い付き合いながらも、彼女は有言を本当に実行できてしまう人間であることは理解していた。

 それがかなり無茶苦茶な事でも、だ。

 だから、きっと彼女の言う「王都に着けばどうにかできる」という点さえどうにかできれば、レオノール達を助けてやれるというわけなのではないかと思った。

 ならば私がやる事は簡単である。

「なら、足止めすればいいわけね」

「足止めって……あなた、何する気よ?」

「それはこれから考える」

「これからって……」

「き、危険じゃありませんか?」

 何が出来るのという様な呆れた表情で見つめるクリスティーヌをよそに、ファルセットが心配そうに見上げてくる。

 この国の王女様とやらは、大変我儘で傲慢なひとらしく、人の命を遊び道具にする気質で、思い通りにいかなければ平気で人の首をはねるのだとか。

 最初聞いた時は、なんだその全力で典型的悪役気質の王女はと思ったものである。

 レオノールは何が原因だか不明だが、今回見事にその王女様に目をつけられて命を狙われているという話しのようで、命を狙ってくる王女からの刺客……正確に言えば王女の美貌に陶酔して、王女のためなら何でも是と答えるような近衛騎士達が来るという状況なので、当然ばったり出くわしたら危ない目にあうだろう事が想像に難くない。

 だからファルセットが心配だと言ってくれたその意味を、私自身ちゃんと理解した上で言ったのだ。足止めをしようと。

 私だって、そんな無茶苦茶な王女様に関わりあいたくなんてない。

 関わらなくていいなら関わらない方が絶対に良いに越したことはない。

 けれど思ってしまったのだ。

(――――気に食わない)

 出る杭は叩かれ、どうしようも出来ない事は諦めるのが当然で、長いものにまかれてなあなあと生きることを課せられたような生活を、私は知っているからかもしれない。

 知っていて、何もしないのは罪じゃないのかと――――。

 平穏な日常が崩れるのは怖い。

 寝て起きる事が保障された生活が無くなるのは恐怖だ。

 だから誰もその一歩を踏み出そうとは思わない。

 生き延びるためにしのげるだけの事が出来ればいいのだと考える。

 だからこそ全てが停滞していた。

 そんな日常を、私は知っている。

 知っているからこそ、気に食わないと思う気持ちは強かったのかもしれない。

「大丈夫だよ。きっと。私、悪運だけは強いから、きっとどうにか出来るわ」

 心配そうな目を向けるファルセットの頭を撫でて私は笑った。

「それに。いじめっ子をいじめるのって、別に悪く無いでしょう?」

 この時の私を見ていたクリスティーヌは、後にこう言った。

「あんたの敵にだけはならないようにするわ。ええ。絶対に!」




 日が完全に暮れた頃に、レオノール一行とクリスティーヌとファルセットは、馬の負担がかかり過ぎない程度に荷を乗せた馬車数代と共に街を出て行った。

 私は街に残り、もうすぐ来るであろう王女の刺客の足止めについて考えるが、良案は未だ思い浮かばず、精霊ミスティレイと出会った湖のほとりで一人考えにふけていた。

 レオノールに近しい者のうち、街を出るのが難しい者たちは、この湖の近くに立つ教会で少しの間生活してもらうことにしたので、暫くは問題ないだろうと思っている。

 教会で祭っているのは神様では無く精霊。この街の場合は精霊ミスティレイである。

 この世界に神と言う概念がそもそも存在しない。何かを願う時には全て精霊に願う。

 教会は精霊とのかけ橋の場という考えがあり、下手にそこで無礼な行いをすれば精霊に見放されて街とその周辺地域が廃れる可能性があるので、普通は教会にまで武器を持ちこみそれを振るうものなど居ない。

 そんな場であるからこそ、教会に暫く過ごしてもらう様にしたのだ。

「しっかし足止めと簡単に言った物の、どうしようかしら。本当に」

 我ながら見切り発車過ぎると今更ながら反省しつつ、可能な限り街の住人に迷惑がかかり過ぎないような足止めの方法を考える。

「武器を持って阻止するとかそういったのは私じゃどうしようもできないし、そもそもそんな好戦的に出張る意味がわからないよね。かといってなんかこう戦略的な事ができるかっていうと、出来ないわけで。見事につんでるかんが否めません」

 ため息をついたところで、くすくすと笑い声が耳をくすぐる様にして聴こえて来た。

「笑わないでくださいよ、ミスティレイさん」

『変わった子ね。人のために動くのは良くあること。でも、あなたほど規模の大きな考えをする子はそう居ないものよ』

「自分の許容を余裕で超えてしまっている時点で、本来は諦めるべきなんでしょうけど、ね」

『人に直接害をなす事、それは私には出来ぬ事。けれど、あなたの考えた答えがそういったものでなければ、手を貸す事は出来ましょう』

 柔らかい声で、あまりにあっさりと言われたその言葉に、思わずはっと顔をあげた。

 何処にも精霊の姿は見えないのに、そばに精霊ミスティレイは確かにいるのだと感じたから。

「水かあ……水なら雨とか雪とかかな? でも、時季的に雪は無いし、雨だと降らせすぎたら、水路の多いこの街だと川が氾濫したりするから大変だし……」

 そこまで言って、ふと昔の記憶がよみがえる。

 本来は起こるはずの無い場所で、巨大な霧が山々に囲まれた湖に霧が流れ落ちるようにして現れる、そんなテレビの映像が脳裏をよぎる。

「そうか。霧か」

 霧の発生は湿った空気と低い温度の水があれば発生させる事が可能なはずである。

 水の精霊ミスティレイであれば、空気に水分を含ませる事も、湖の水の温度を下げる事は出来るんじゃないだろうか。

 まあ、魔法によって即座につくりだす事が出来るのであれば、それはそれで良いのだけれど、自分は魔力量ではそんな規模の魔法など使えないので試すことができないので良くわからないが。

「霧を発生させる事はできますか?」

『湖とその周辺程度ならばつくりだす事はできるわ。あまり長くはもたないけれど』

 霧は長い間持続して発生させる事は難しいだろう。

 なんといっても温度差によってつくりだされた細かい水の塊なだけである。蒸発するのはかなり早いはずだ。

 ある程度精霊としての力によって気候が安定していると言っても、太陽の働きもあるため、温度差を保たせるのは難しいはず。良くて一刻程度が限度だろう。

 そう尋ねれば、肯定の意が返ってくる。

「短い間と言えども、霧で追手の隙はつけるはず。それを利用して、上手く足止めはできないかしら」

 悩んでいる所に、突如誰かに呼ばれたので振りかえる。

「え? フェルラート様!?」

 まだ別れて半月程度しかたっていないはずなのに、フェルラートの研ぎ澄まされた美貌はより一層磨かれている気がした。ありえん。

 こんな状況でなければ全力でガン見したいが、思っただけに留めておくことにする。

「何故ここに?」

「ラスティさんの指示で、レオノールという仕立屋の保護にきました。最も、あなた方に先を越されましたが」

 見た目は完璧に少女漫画に出てくる王子様のような人だし、弟のロズリーからの手紙や本人からの手紙を見る限りでは、どうしようもない性格の人のようだが、そこは流石に優秀な騎士であり侯爵と噂の人である。

「たまたまこの街に来ていたので、乗りかかった船といったところです。でも、正直な所、どう足止めしようかと悩んでいる所でして、対策が間に合うかどうかが大分怪しいです」

 本音を言えば、足止め自体が無理なんじゃないだろうかと思い始めていた。

 けれど、言いだした以上は全力を尽くさなければ、後悔してもしきれないきがするのだ。

 だからひたすらに考える。

 少なすぎる条件で、自分がどうすればいいのかを。

「王女の駒はさほど多くありません。所詮は王女ですから、正式に動かせるのは近衛隊だけです。その中でも自身の護衛をするの者をおいた状態で王都から出して動かせるのはせいぜい五から十人程度。その人数であれば、街への影響はあまり出ないはずです。ただ来るであろう人物がやや危険でして……」

 フェルラートの言葉に思わず顔をしかめてしまう。

 普段から殆ど表情が変わらない彼自身も、大分険しい表情をしている以上、その来るであろう人物が危険な可能性が高いのだと窺い知れた。

「王女に陶酔している阿呆が来ると思います」

「あ、阿呆?」

 見た目で騙されがちだが、案外フェルラートは口が悪い。

 皮肉った言い方が多いのだが、時折こうしたストレートな物言いをするりとするので、立場的に大丈夫かと思う事もしばしばある。

 まあ、今この場にはそれをとやかくいう人間はいないのでいいのだが。

「王女の近衛相手に街の警備兵が手を出すとろくな事がないので要請が出せません。元々はパーシーと一緒に止める予定で来たのですが、クリスティーヌ殿が仕立屋と共に街を出たと言う話しを聞き、急いで追わせてしまったので、近衛兵たちを相手出来るのは自分だけで、正直な所、困っています」

「困ったもの同士、というわけですね」

「そうなります」

 しばし黙って互いを見つめあう。

 真っすぐに向けられた目を見れば、彼が嘘をついていないとはっきりわかった。

 いくら腕の立つ彼であっても、多ければ十人、少なくても五人は相手取る必要があり、下手に逃せば後が大変なのはわかりきっているなか、一人で対応しなければならないのは辛いものがあるのは当然だろう。

 だからこそ、すぐに思考が噛み合った。

「実は一つだけ彼らの隙をつけそうな手があるんですけど……それを使ってみるというのはどうですか?」

 フェルラートは私の考えを伝えると、迷うことなく頷き、そして笑った。

「どうやらカレン殿は、自分に幸運を運んで来てくれる方のようです」

 とてもさりげない笑みなのに、彼の笑みは私の心をどうしてこんなに揺らすのだろうか。

 内心で心臓に悪いと愚痴をこぼしながらも、手早く案をまとめてそれを実行する手はずを整えていった。

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