変化と災いと2
「ひぃっ!!」
私の背中に隠れ怯えながらも、自身の契約主であるクリスティーヌの暴走気味な魔法がこちらへ飛び火しないようにしているファルセットに物凄く感謝していた。
何故物を冷やそうとして冷気を発生させたら氷の粒が降ってくるのか……。
本人もそれは理解しているので、実に不愉快げに眉根をよせてぶすっとしている。
「なんでよっ!」
それは私が知りたい。
「どっかで、ああ、やっぱりとか思ってるんじゃないの?」
「そんなことっ! ……思ってなくもないわ……」
昔から無意識に魔力を使っていた関係で、望んでいる訳でもない規模の魔法が起きる事に、何処か自分で納得をして仕方ないと思っている部分があるのだと思う。
直そうと思う意識はあっても、それがなかなか根本から直らないのがクリスティーヌの今の現状である。
私自身はそもそも魔力が少ない。
全力でやってもクリスティーヌが今制御しきれる範囲での最小の力にすら及ばないほどに少ないと思う。
ただ、その分日本人としての知識を持っているため、魔力が少ないながらも使用用途については多種多彩と言えるだろう。
魔法を魔法だととらえてしまうこの世界の人よりも、起こる事象に対しての理解をしている分、その用途が多彩になるのは必然と言えるのかもしれない。
そして意外と器用にそれを使いこなせるだけの技量が自分にはあったので、巨大な魔力も持つ人に憧れはしても、それを得たいと思う事は無い。
分相応というやつである。
だから、クリスティーヌの膨大な魔力を制御する苦労は残念ながら分かりえない。
それでも魔法を使える者同士、その制御の仕方のコツが何処にあるかは伝える事は出来るわけで。
「魔法は使い手の精神面を反映しやすいものっていうのは、大抵どの魔法教本にも載っている事なのは知ってるでしょ?」
「そりゃあ、まあ……」
「そこがダメなのよね。根本的に」
「うぐっ」
「昔の事は私には理解できない事ばかりだけど、それだっけ結局昔の事でしょう? 昔は昔、今は今。今も昔のように感情を爆発させて周りに迷惑をかける事で、貴女は満足しているわけじゃないんでしょう?」
「……ええ」
クリスティーヌはしっかりと理解してはいるのだ。
だが、彼女の過去は一種のトラウマ。
頭でわかっていてもそれを素直に認めて直す事には時間がかかるのは仕方が無い。
「という訳で、暫くはこの練習を続けてみようか。まずは物を冷やすのに氷の粒が落ちないようにしてもらわないと。せめて凍らせるくらいにして」
「……分かってるわよっ!」
小さな事でも出来るようになればその分自信がつく。
昔出来なかった事が出来るようになるその一歩。
自信が少しでもつけば、感情的になって巻き起こす魔法も少しは抑えが利くはずである。
町丸ごとから、町の局部的に被害を出すくらいには少なくともなるはずだ。
早くそうなってほしいと本当に思う。
彼女の為にも、自分の為にも。
(だって、毎度毎度あの災害級の事起こされたら、私は彼女と一緒に旅をし続ける限り厄介者にされて面倒事増えるじゃない)
結局は我が身の為であるのはクリスティーヌには内緒である。
わざわざ色々な場所を見たいと思って馬車をやめて徒歩にしたのだ、それが有効活用できたと思えば悪くも無い。
「明日も晴れかな」
雲ひとつない夕焼けの空を見上げて、また氷の粒をつくりだしたクリスティーヌの姿にため息をついた。
クリスティーヌが災害規模の魔法を発動させて早々に出た町から五日。
王都に向かうまでに立ち寄る町の中では最も大きな町は、中央に水の精霊の加護を受けていると言われる水の町ミスティレイ。
水の属性を得意とするファルセットとは相性がいいのか、どこか普段よりも元気具合が高いように見受けられる。
「本当に水の精霊の加護を受けているんですね」
「やっぱり分かるものなの?」
「はい!」
実はこの森の精霊ファルセットは、クリスティーヌとの契約がかなりザックリな契約だったので、実体化が未だに解けて居ない。
ファルセットのその姿を構築した魔力もかなりのものだったため、実体化を維持するだけの魔力が尽きるだけの魔力を使うにしても、まだまだその姿は維持できるようで、定期的にクリスティーヌからの魔力も供給される事から、まず契約が切れない限りは実体化したままなのだと言う。
それはいいのか? と思って本人に尋ねたところ、ファルセット自身は特に問題無いらしい。
人好きな性格も多少はあるようだが、なんでも私がクリスティーヌと行動を共にしている間は姿を消す気は毛頭ないと言っていた。
何故なのだろうか。
まあ、そんな彼は同胞である精霊を感じ取る事が出来るため、この町には精霊の加護が有る事など当然のように分かったようで、加護を与えている精霊に会いたいとうきうきした表情で言った。
「私はあまり興味はないわ」
面倒くさそうな表情を見せるクリスティーヌが徐に町中で別行動をしようとしているので、私はその襟首を捕まえて止めた。
「別行動禁止」
「なんでよっ!」
「また問題起こされて町から出て野宿は勘弁してほしいからね」
身に覚えのある事を言えば黙るしかない彼女を、半ば無理矢理引っぱって、加護を与えている精霊が居ると言う湖の辺へと向かった。
「ミスティレイさんはいますかー?」
「そんな呼びかけで出てくるもんなの? 精霊って」
不審げなクリスティーヌの言葉に私も内心同意しながら、人気の無い湖の辺に立ってファルセットの視線が向けられている湖の上に視線を向けて居れば、柔らかい優しげな女性の声が頭に直接響いて驚いた。
『あら。私の名を呼んだのは誰かしら?』
「僕です! ファルセットと言います」
姿はまったく見えないものの、とても明瞭な声に、精霊という存在がこの空間に在ることだけは理解できた。
『あらあら珍しい。深い森の香りを持った子がこんなところに居るなんて』
深い森の香りを持った子とは誰の事を言っているのだろうと思えば、くすくすとした笑いの後に、あなたよ、と言われて再び驚いた。
何故口にしていない事をこの精霊はわかったのだろうか。
『ファルセットの住んでいた森と関わりがある子なのね。二人とも、とても香りが似ているわ』
「そんな事が分かるのね……」
『ええ。わかりますとも。赤の子、あなたの香りもね?』
「……私も?」
きょとんとした表情のクリスティーヌに、ミスティレイはまたくすくすと笑った。
『ええ。でも、あなたの香りをたとえるのは難しいの。精霊達に愛されているのね。それらの精霊の香りが合わさっているから。でも、とても心地よい香りがするわ。きっと、種が異なる精霊たち同士も仲が良かったのでしょうね。お互いを尊重し合っていなければ、混ざった香りはただ臭うだけですもの』
「……精霊たちに愛されている?」
思わぬ言葉に私たちは互いに目を合わせた。
『少しやんちゃな子達の加護を受けたようだから、扱うのは大変そうでしょうけど』
もしかすると、という思いが頭をよぎった。
言われた本人も同じ事をきっと感じたに違いない。
やや苦い表情でクリスティーヌは言った。
「小さい頃に、私が泣いたら嵐が起こった事があるの」
『あらあら。それほどまでに気に入られてしまっていては、ちょっと大変ねえ』
いや、ちょっとどころの話じゃないと思う。
私は水の精霊ミスティレイのおっとりとしすぎている感のする反応に、心の中でツッコミを入れたのだった。