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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第一章
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現実と変化と4

「明日からまた、普段の生活に戻るのかぁ」

 長すぎるわけではなく、短すぎるわけでもない。

 それでも、弟と三人の騎士たちと過ごした日は、とても充実して楽しい日々だった。

「寂しい……のかなあ」

 いい思い出になった。そう言って終わらせる事はとても簡単だ。

 沢山の思い出がつまった戸棚に、今回もまたしまってしまえば、それで終わり。

 たとえ名残惜しいと思っても、思い出をしまって時が経てばただの思い出。

 それ以上にもそれ以下にもなりはしない。

 そう、今までは思っていたのに、皆と別れる時を前にして、どうもいつも通りには行かなそうだった。

 名残惜しいのは確かだけれど、どうも、それとは違う何かが、皆との別れにあるような感じがしているからかもしれない。

『私には、花蓮さんみたいに、なんでもかんでも割り切って行動する事が出来ませんから』

 ベッドに寝転がり、ベッドの横にある簡素な造りの机の上でゆらゆらと揺れている蝋燭の炎を見つめていたら思い出した、昔友人か、仕事の後輩あたりの誰かに言われたその言葉に、少しだけ胸が締め付けられるように痛んだ。

「割り切ってるように見えて、ちゃんと割り切れたものなんて本当に少しだけなんだから」

 本当は、色々と寄り道をしたかった。

 たとえば、仕事に忙殺されて失われた時間を、もっと何かを深く学ぶための時間にしていたならば、どうなっていただろう。

 たとえば、疲れ切った体を休めるために使っていた時間を、もっと何かと出会うための時間にしていたならば、どうなっていただろう。

 たとえば。たとえば――――。

「たとえば、ばっかりじゃないかっ」

 掛け布団をがばっと頭からかぶって暫く考え疲れた頭の中を落ちつけて、頭から鼻の頭ぐらいまで再び掛け布団を引きもどした。

 がばっと布団をかぶる勢いで、机の上の蝋燭が消えてしまったらしく、目を見開いても部屋の中は真っ暗で、閉めたカーテンの隙間から漏れるようにして入り込む月明りの光だけがぼんやりと見えるだけだった。

「この堂々巡りもいい加減飽きて来たわ」

 それでも自分はまだ悩んでいる。

 どこが割り切って行動しているように見えていたのか、自分では全然分からなくて困る。

 こんなに悩んで、前にも後ろにも動けていないって言うのに。

「全然変われてない自分自身に腹が立つ」

 重くなってきたまぶたを閉じて、意識がぼんやりとしてきた頭で思う。

(皆と別れる時に思った事をそのまま口に出せば、少しは何か、変わるかしら?)

 そしてゆっくりと眠りが訪れた。




「それじゃあ、行ってきます」

 なかなか離れたがらないリズをロズリーから引き離してやり、私もまた少し寂しがる心を少しだけ我慢して、「頑張れ」と一言、村の入り口で待つ騎士たちの元へと送り出した。

 ロズリー達は何事か短い言葉を交わした後、皆すぐに馬上の人となって、ゆっくりと馬を歩かし始める。

 父と母、リズとともに手を振って彼らを見送りながらも、徐々に離れてゆくその姿を見てふと思う。

「王都かぁ……」

 馬車でゆられて行けば五日。

 馬を休ませず走らせ二日もかかる遠い場所。

 何があるのか、どんな場所なのか、興味があっても軽々しくいける距離じゃない。

 でも――――。

「ロズリーが騎士になる時には、お前一人でも王都へ行って、祝ってやりなさい」

 突然の父の言葉に驚いて顔を向ければ、父は優しく微笑んでいるだけで、それ以上何も言いはしなかった。

「……弟の晴れ姿は、ちゃんと見てあげたいね」

 もうそろそろ目視できなくなるほどに遠くなった彼らの姿に視線を戻して、私は少しだけ素直になりきれなかった心に対して苦笑いしながらも、そう答えた。




 ロズリー達と別れた三日後の昼食時の事だった。

「出てくるのが遅いっ!」

「……そんな事言われても」

 殴られているような凄まじい轟音を響かせている我が家の玄関を恐る恐る開けてみれば、玄関前で不機嫌な顔をし、両手を腰にあてて仁王立ちしているクリスティーヌの姿がそこにあった。

 ご近所も何事かと、窓や玄関から顔を出して様子を伺っていた。

「えーっと、クリスティーヌさん?」

 何故彼女がここに居るのか分からない。

 首をかしげて尋ねれば、掴みかかってくるような勢いでぐいっと私に近づいたと思うと、不機嫌に歪められ下がった口角を器用に左側だけ吊り上げてドスの利いた声で言った。

「アナタ、村を出る気はあるの?」

「……はい?」

 話の主旨はどこだ。

「えっと。とりあえず状況がつかめないんですが……」

 ちょうどそこで家の中から家族の心配そうな声がしたので、周りの目もあることから家の中に入るよう促したものの、彼女は首を振った。

 困って目の前のクリスティーヌから視線を少し外せば、フードをかぶったファルセットがあわあわとしているのが見えたので、ちょっとちょっとと手招きすれば、わたわたと駆け寄ってきた。

「説明をお願いしたいのだけれど」

「あ、はいっ」

 ちょっと周りの目を気にしてフードの襟を抑えて深くかぶり直したファルセットが言った。

「実は三日前、町でロズリーさん達と別れた時に、フェルラートさんから頼まれた事がありまして……」

「え?」

 何故彼が? という疑問しかなかったが、それが彼女がやって来た理由というのなら話を最後まで聞くしか無い。

「何でも、お礼なのだとか言っていました。それで、これを渡して欲しいと」

「お礼?」

 お礼を言われるような事したっけと思うも、思い当たるのは弓を教えたことくらいだろうか?

 大して役に立った気はしないので、お礼と言われてもピンとこなかった。

 なので、ファルセットが懐から取り出し差し出された物を見て、驚きのあまり顔をひきつらせてしまった。

「……何コレ」

 差し出されたのは、凝った飾り細工の施された土台に、ゆらゆらと揺れる炎が封じ込まれているような不思議な輝きを持つ青紫色の宝石がはめ込まれたブローチだった。

 あまりに見事な作りだったので、嬉しいとか奇麗とか、そういった感想よりも、こんな高そうな代物気軽にお礼でくれて良いものかという疑問と、手にしたその重さに恐れおののいて冷や汗しか出てこない。

(日本人の時でもこんな凄いの手にしたことが無いからっ!)

 お礼としてくれた物を、ちょっとこれはもらうにしては高価過ぎて……とか言って返そうにも本人は居ない。

 何この有無を言わせずな状況。わけわからない。

「あの冷徹漢、何でこんなモノ作り出せるのに騎士なんてやってるのかしらっ。わけがわからない!」

 よくわからないが、クリスティーヌの怒りの矛先が違った方向に向いた。

 その矛先は冷徹漢――――フェルラートだろうか?

「とりあえずアナタ、それを受け取っておきなさいっ!」

「いや、あの、何です? コレ」

「しいて言うならお守りよ。アナタ限定のね。要らないなら要らないと言って捨てればいいわ。その瞬間に、それはこの世から跡形もなく消えるから」

「どういう事です?」

「……それは宝石なんかじゃないわ。わかりやすく言えば、精霊を実体化させるのと同じ仕組で作りだされた魔力の塊。魔石よ、それは」

「え!?」

 精霊を実体化させるのには、確か相当な魔力が必要だったと言っていた。

 規模が小さくとも、同じ原理で作り出される代物であるならば、この宝石のような魔法の塊を作り出すのにもかなりの魔力が必要になると思われる。

 彼は、確かにかなり魔法の扱いが上手いと聞いていたが、それほどの魔力があるということなのだろうか?

 全然魔法を使ったところを見ていないから、想像がつかない。

「魔石はね、魔石として形を取るための条件が必要なの。そのブローチについてる魔石は、アナタを護るという意思によって作り出されたものよ。アナタが不要と思えばその意思に反するから消える。そう言うものなのよ」

 純粋な高価な代物を渡されるよりもずっと高いものを貰ってしまったように思えてならない。

 本当に、そんな凄い物を貰っていいのだろうか?

「とにかくまず受け取りなさい。その後は好きにすればいいのだし。本題は別よっ」

(本題はこれじゃなかったんだ……)

 ちょっと本題を聞くのが恐ろしかった。

「アナタ、王都に行く気はあるのかしら?」

 つい三日前に初めて意識した王都という場所。

 だからこそ、クリスティーヌの口から出たその言葉に思わずドキリとした。

「行く気があるのなら、私が一緒に行ってやらないでもないわ」

 何故そこで上から目線。

「フェルラートさんからは、ブローチを渡した時に聞いてみて欲しいと言われまして、もし王都に来る意思があるなら、その手助けをしてやって欲しいと頼まれたんです」

 ファルセットの補足でやっと事情が飲み込めた。

 そして、事情を知ってすぐに、堂々めぐりしていた色々な悩みがすっと晴れていくような感覚がやってくるのを感じた。

 そう。単純な話だった。

 私はきっかけが欲しかっただけだった。

 彼が、フェルラートがどういう理由で私にそのような機会を与えてくれたのかわからない。

 でも、彼と、彼の頼みを聞いてくれた目の前の二人のお陰で、ようやくハッキリとした。

 初めのきっかけは、三日前に父が言った言葉。

 そして、もう一つのきっかけは今目の前に居る二人。

「行きたい」

 目的地は別にどこだっていい。

 いっそ定め無くたって構わない。

 私はただ見つけたいだけ。

 自分が本当にやりたい事を、したい事を、見つけるのに目的地は必要無い。

 でも、まずは王都に行こう。

 私こそ、彼にお礼を言わなきゃいけないから。

「行きたい。王都に」

 この村と、隣町だけでは見つけられなかったそれらを見つけるために、、私はそう決意した。

(あれ? でも、一緒にいくのは心強いんだけど、旅の相手は歩く災いと言われる魔女だけど大丈夫かな?)

 この時疑問に思ったことを棚上げせずに、やっぱもうちょっと旅の相手を考えとくべきだったと後悔するのは、そう時間はかからなかったが、それはまあ、それである。

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