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シリーズ1・第七話

「朝井、一昨日の夜九時から十一時、お前はどこにいたんだ?」


是永はタマキの向かい側に腰を下ろすと淡々とした口調で言った。




「……」


しかし、相手が是永に変わってもタマキは相変わらず口を閉ざしたままだった。




「バディの俺にも言えないか?」




「ず、ずるいですよ、是永さん、そんな言い方……」


顔を引き攣らせるタマキ。




「俺はいつだってお前の味方だ。だから本当の事を言え」




「は、はい……」




「何を聞いても驚かないし、怒りはしない」


真剣な顔でそう言った是永はじっとタマキを見つめた。


実はこの眼差しで過去何人もの“容疑者”が自白し、“犯人”へと変わって行った。


タマキもその瞬間を何度も目の当たりにしているはずだが、その容疑者達の気持ちがわかったような気がした。




「……あ、あの……実はその……」


タマキはゆっくりと重い口を開いた。




「一昨日の夜はその……午後九時前に署を出て『MAHOROBA』というダイニングバーに行きました……」




「そこへは一人でか?」




「はい……、ある人を捜しに……あ、でも、捜査とかそういうのじゃなくて個人的に会いたい人がいて、


 でも、私、連絡先とか全然知らなかったので、前にその人と出会った場所に行ってみたんです」




「それがその『MAHOROBA』というダイニングバーなんだな?」




「はい」


是永の問いに素直に返事をするタマキ。




「……でも……そのお店には会いたかった人はいなくて……その……、意外な人が……」




「誰なんだ?」


是永は鋭い目をタマキに向けた。




「…………お、及川さん……です」


その目つきに名前を出す事を躊躇っていたタマキも思わず自白した。




「それで……その後、十一時頃まで及川さんと一緒でした」




「……だから言わなかったのか?」


是永は深い溜め息を吐いた。




「偶然とは言え、誤認逮捕した被害者と一緒に飲んでいた事がバレてしまえば


 また上層部うえからお叱りを受けると思ったんだろう?」




「はい……」




「やっぱりな……」


是永はフッと笑った。


同時に傍にいた鈴野と竹岡も苦笑いする。




「それに……及川さんにもまた迷惑が掛かるし……」


是永の目の前で項垂れているタマキ。




「『MAHOROBA』っていうダイニングバーだな? 裏取って来る」


鈴野はそう言うと取調室を出て行った。




「なら、俺は及川氏に会って来るよ」


そして是永は竹岡をタマキの見張り役として残し、メグルの事務所に向かった――。






     ◆  ◆  ◆






「及川さん、星川署の刑事さんがお見えですけど……」


事務の女性社員からそう言われ、パソコンでポジデータの整理をしていたメグルは、


少し驚いた様子で顔を上げた。




「……? 女性?」




「いえ、男性の方です」




(男性って事は朝井さんじゃないのか……誰だろう?)


「そう……とりあえず応接室にお通ししてくれるかな? すぐに行くから」


メグルはそう言うとポジデータの残りの整理をキリの良いところまで済ませた。






「お忙しいところすみません」


応接室でメグルを待っていたのは是永だった。




「いえ……それで今日は……?」


先日の誤認逮捕の一件はもう片付いたはず。


メグルは怪訝に思いながら是永の向かい側に腰を下ろした。




「単刀直入に訊きます。一昨日の夜九時から十一時までどちらにいましたか?」




「一昨日……」


メグルは少し考え、


「一昨日のその時間なら『MAHOROBA』というダイニングバーで食事を兼ねて飲んでいましたけど」


是永の問いに素直に答えた。




「お一人でですか?」




「はい……でも、時計を見ていないのではっきりとはわかりませんが、午後九時頃だったと思いますけど、


 星川署の朝井刑事が現れて、それからしばらく一緒に飲みました」




「何時頃まで一緒にいましたか?」




「俺と一緒に店を出たから……午後十一時を回ったくらいじゃないかと思いますけど……それが何か?」




「……記者の御木本さんが殺された事はご存知ですか?」




「はい、昨夜ニュースで見ました」




「実は、その容疑者としてうちの朝井が取調べを受けてまして……」




「は……?」


是永の言葉にポカンと口を開けたメグル。




「犯行現場から朝井の指紋がついたライターが発見されまして、それで死亡推定時刻の


 朝井のアリバイの裏を取らせて頂いたんです」




「なるほど……ですが、犯行時刻はともかく一昨日の夜九時頃から十一時頃でしたら、


 確かに俺は朝井刑事と一緒でしたよ? その事は『MAHOROBA』のバーテンに訊いて頂けるとわかると思います」




「そうですか、わかりました。それと及川さんは殺された御木本さんの事はご存知ですか?」




「えぇ……と言っても取材現場なんかで何度か見掛けた事がある程度なのと、後は噂を聞いた事があるくらいです」




「どんな噂ですか?」




「亡くなった人間をあまり悪くは言いたくはありませんが、彼は業界では強引な取材をする事で有名でした」




「では、話した事は?」




「実際に話をしたのはこの間が初めてです」




「例の誤認逮捕の一件で取材を受けた時の事ですか?」




「はい」




「……ところで、及川さんは何故御木本さんの取材だけしか受けなかったんですか?


 他にも記者やリポーターがたくさん押し掛けて来たのでは?」




「それは……」


一旦、是永から視線を外すメグル。




「……記者に追い回されても別に何も答えるつもりはありませんでした。


 御木本以外の記者はうちの事務所までは突き止めたようですが、誤認逮捕されたのが俺だという事までは


 掴んでいませんでしたし。


 けど、御木本はうちの事務所を張っていた記者達にガセネタを流して散らした後、一人で俺を張っていたんです。


 しかも他の記者達が掴んでいなかった情報まで掴んでいました」




「それは、どういう?」




「特ダネを落とした事を知っていたんです」




「……確かに、その事については御木本さんが書いた記事にしか触れていなかったようですね」




「それで記事にしたかったら勝手にしろって言ってやったんです。そうすれば俺は名前が売れるから。


 でも、御木本さんには何もメリットはないですよねって。


 他の記者達にガセネタまで流して騙したあげく一人だけ記事にすれば、


 あまりいい噂のない記者はそれこそ信頼を一気に失います。


 彼だけじゃなくて、そんな彼を雇っている会社にも影響はあるでしょう。


 それに俺やうちの事務所から名誉毀損で訴えられでもしたら彼にとって大変な事になりますしね。


 それで“取引”をしたんです」




「“取引”……ですか?」




「これ以上、俺や朝井刑事に付き纏わない事と俺の顔や名前などを一切出さない事を条件に


 御木本の取材を受けました。それなら彼もガセネタで騙したと咎められないでしょう」




「なるほど……そうでしたか。それにしても彼は一体、どこで誤認逮捕の詳しい情報を得たんでしょうか?」




「実は……昨日、偶然知り合いの記者に会いまして、その彼が気になる事を言っていたんですよ。


 その知り合いの話では同じ会社の菅野というカメラマンが御木本にメールを送っていたらしいんですが、


 その本文に俺の名前があったそうなんです」




「つまり、御木本はその菅野というカメラマンからリークを受けた、と?」




「はい、知り合いは菅野のデスクの前を通り掛かった時にそのメールの画面が視界に入っただけだから、


 それ以上詳しい話は知らないようですが……」




「そうですか。その知り合いの方のお名前と勤め先を教えて頂く事は出来ませんか?」




「構いません……ちょっとお待ち下さい」


メグルはそう言って立ち上がると会議室を出て自分のデスクの引き出しから柴多の名刺を持って来た。




「これが知り合いの名刺です」


メグルが柴多の名刺を是永に渡すと、是永は柴多の名前と事務所の所在地や電話番号を手帳に書き写した。






     ◆  ◆  ◆






「戻りました」


是永が捜査一課に戻ると『MAHOROBA』にタマキのアリバイの裏を取りに行っていた鈴野も戻っていた。




「鈴野さん、どうでした?」




「あぁ、今みんなにも話したんだが朝井の供述通りだった。一昨日の夜九時から十一時の間、


 間違いなく朝井は及川氏とダイニングバー『MAHOROBA』にいた。


 店内の防犯カメラの映像確認とバーテンにも話を聞いたから間違いない」


是永の問いにそうはっきり答えた鈴野。




「そうですか、俺の方も同じです。及川氏も朝井と一緒だったと証言しています」




「じゃあ、朝井は白だな」


鈴野の言葉に捜査一課の面々が頷く中、


「……でも、あのライターの指紋はどうなるんですかっ?」


長原だけが納得していない様子だった。




「それについてだが、鑑識からの報告によるとライターからは朝井以外の指紋は検出されなかった」


是永はイラついた表情の長原に視線を移した。




「それがなんだって言うんですかっ?」




「お前はこれがおかしいとは思わないのか?」


鈴野も是永と同じ事を思っていたようだ。


長原に鋭い視線を投げ掛けた――。

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