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シリーズ1・第五話

その日の夜――、


仕事を終えてメグルが事務所を出ようとしていると携帯が鳴った。




「……」


着信表示を見て一瞬、通話ボタンを押すのを躊躇ったメグル。




だが、軽く深呼吸をしてから通話ボタンを押した。


「もしもし」




『……もう仕事終わった?』


電話の相手は依子だった。




「あぁ」




『……今から会える?』




「……あぁ」




『じゃあ、『MAHOROBA』で待ってる』


その店は、昨夜依子と待ち合わせをしていたあのダイニングバーだった。




「わかった」


メグルはそう返事をするといつも持ち歩いているデシカメだけをカバンに入れて、


後の機材をデスクに置いて『MAHOROBA』に向かった――。






     ◆  ◆  ◆






「いらっしゃいませ」


メグルが店に入ると顔馴染みのバーテンダー・塚本が優しい笑みを浮かべ、迎えてくれた。




「メグ」


依子はいつもの角のカウンター席に座っていた。


ここは向かい合う訳でも、真横に並ぶ訳でもない、斜め前という適度な角度に相手の顔が見える場所なのだ。






「……あの子が言ってた事、本当だったのね」


メグルのオーダーしたジンロックが来ると依子は静かに口を開いた。




「まさか、メグが本当に誤認逮捕されてたなんて」




「……」




「……昨日は勝手に勘違いして怒ったりなんかして、ごめんなさい」




「いや、依子が勘違いしたのも仕方がない。約束の時間に遅れた上に若い女の子と一緒に現れたんだから」




「私、メグが浮気したって思い込んでしまって……あの子にも、悪い事しちゃった……」




「……彼女は自分がこうだと思った事に突っ走るタイプみたいだからな」


メグルは初めてタマキと出会った時の事や自分が逮捕された時の事を思い出し、フッと笑った。




「メグが……浮気なんてするはずがないのにね?」




「……ごめんな、依子」




「どうしてメグが謝るの? 信じられなかった私が悪いのに」




「それでも、信じさせる事が出来なかった俺が悪いんだ……」




「メグ、私……」


「今まで……ごめん」


何かを言い掛けた依子の言葉に被せる様に言ったメグル。


その事で依子はその先の言葉を呑み込んだ。




「俺は結局、依子に辛い思いをさせただけだったな……」




「メグ……」




「……だから、ごめん」


依子はメグルの言葉と表情で全てを悟った。


彼にはもうやり直す気がないのだと――。






     ◆  ◆  ◆






――その数日後。




(えっと……確か、ここのお店だったよね……?)


タマキはある人物を捜しに『MAHOROBA』に足を運んだ。




(いるかな?)


ゆっくりと扉を開けて中に入るタマキ。




「いらっしゃいませ」


バーテンダーの静かな笑みに迎えられ、タマキは軽く会釈をしながら店内を見回し、


カウンター席に座っている人物に目を留めた。


(あ……)




怖ず怖ずとその人物に近付く。




「……及川さん」


そこにいたのはメグルだった。


タマキは少し躊躇しながら声を掛けた。




「……」


メグルは無言で振り向くとタマキを見て驚いた顔をした。




「よくここにいるって、わかったね?」




「あ……いえ……実は及川さんを捜してたんじゃないんです」




「なんだ、ただの偶然か」


メグルはククッと笑った。




「で、でもっ、及川さんにも会いたかったんです」




「……? どうしてかはわからないけど……とりあえず、座って話そう」


メグルは立ったままのタマキにいつも依子が座っていた席を指差した。




「はい」


その席にゆっくりと腰を下ろすタマキ。




「それで、俺に何か用?」




「あの……本当にすみませんでした」




「……もしかして、まだ誤認逮捕の事、引き摺ってる?」


一瞬、間をおいて訊ねたメグル。




「えぇ、まぁ……」




「あの事はもう万事解決したんだから、もう気にしないでよ」


メグルは優しい口調で言った。




「あのぉー……それで、万事解決したのって一体どうしてですか?


 星川署の前にいた記者達が全然いなくなってるし、損害賠償の話も出ていたのに……」




「記者達がいなくなったのは、その日の夕方に誤認逮捕の一件で警視庁が会見を開いたからじゃないかな?


 俺はリアルタイムじゃないけど寝る前にニュースで見たよ。


 会見では被害者側……つまり、俺がとにかく事を荒立てて欲しくないという事を強調していたから


 マスコミも騒がなくなったんじゃないかな。


 星川署や朝井刑事に張り付いて公務に支障をきたしてしまうと、それはそれでまた問題があるからね」




「じゃあ、損害賠償の方は……」




「キャップの気が変わったんじゃないかな?」


メグルは本当の事は言わずにいた。




「気が変わったって……」


タマキはそんな事があるのか? という顔で首を傾げている。




「とにかく、そういう事だからもう気にしないで。俺も忘れたから」




「は、はい……あ、でも、まだ約束していた女性の事が解決していません」


納得しかけたタマキだが、ここでようやく本来の目的を思い出した。


タマキが『MAHOROBA』に来たのは依子を捜しに来たのだ。




「私、あの後追い掛けて行っても結局、誤解を解く事が出来なかった上に更に怒らせてしまって……、


 それでもう一度会って話したくてここへ来たんです。


 あの時このお店から出て来たから、もしかしたらここに来れば会えるんじゃないかと思って……」




「なるほど……で、来てみたら依子じゃなくて俺がいた訳だ?」




「はい……それでそのー……あの女性とは……」




「依子とはちゃんと会って話をしたよ」




「よかった……じゃあ、別れ話になったりはしていないんですね?」




「いや、別れた」




「え……」


タマキはメグルと依子が別れたと聞き、言葉を失った。




「ご、ごめんなさいっ」


そう言ってメグルに頭を下げたタマキ。




「いや、あの……」


メグルはキョトンとした。




「私の所為ですみません……謝って済む事じゃないですけど、でも、私……っ」


「ちょ、ちょっと待って」


完全に勘違いしている様子のタマキ。


そんな彼女をメグルは両手で制した。




「俺と依子が別れた事と君は無関係だから」




「でも……」


だが、メグルがキッパリ否定をしてもタマキは納得していないようだ。




「……朝井さん」


そんなタマキにメグルは軽く息を吐き出して依子との事を話し始めた。




「そもそも、俺が依子と待ち合わせをしていたのは別れ話をする為だったんだよ」




「え……」


タマキはハッと顔を上げた。




「あの日も依子の方から『話がある』って呼び出されて……アイツが話したい事はわかってたんだ。


 俺と別れたいっていう話」




「……上手くいってなかったんですか?」


遠慮がちに口を開くタマキ。




「依子とは高校の時からの付き合いでね。彼女の方が一つ上って事もあって結婚を意識し始めた頃、


 早くお金を貯めたくて、それまで風景や動物や物なんかを中心に撮る仕事を受けていた事務所から、


 週刊誌の下請けやグラビアも撮ってる今の事務所に変わったんだ。けど、これがまた予想以上に忙しくてね。


 マークしてる芸能人のスクープ写真を撮ろうと思ったらある程度張り付いていないと撮れないし、


 それで普通にOLをやっている依子とは会う時間が極端に減って、当然彼女の事を考える時間も無くなって……。


 最近はもう会ってもそんなに話もしなくなったんだ。


 俺としては会話なんて無くても一緒に居られるだけで落ち着けるし、それでいいと思ってた……、


 けど依子はそうじゃなかったんだ」




「寂しかった……という事ですか?」




「多分、そうだと思う。だから、朝井さんが気にする事はないよ」




「……」




「結局、俺は忙しさを理由に彼女を傷付けただけだったんだ……」




「……そういう意味では私と一緒ですね。実は私もつい最近、彼氏と別れたんですよ」


タマキは先日、忙しくて会えなかった恋人から同じ様に別れを告げられていた。




「私の場合は及川さんみたいに長い付き合いじゃないんですけどね……、


 いつも振られるんです。忙しくて会えないからいつの間にか浮気されていたり、


 他に好きな人が出来たって言われたり……非番の日でも事件で呼び出されたりする事もあるから、


 結局、ゆっくり出来る事があんまりなくて……そんなのばっかりです」




「お互い寂しいね」


メグルはフッと苦笑いを浮かべた。




「そうですね……ホント、こんなの寂しいです」




「俺で良かったら、時間が合えばだけどいつでも付き合うよ?」




「え……?」


タマキはメグルの言葉に驚いた。


今夜の彼はいつもより饒舌だ。


それはアルコールが入っている所為もあるのかもしれない。




「連絡先は調書を見ればわかるでしょ?」




「そ、そんなの職権乱用になりますっ」




「なら、これを渡しておくよ」


メグルは懐から名刺入れを出してタマキに一枚差し出した。


その名刺は普段、仕事以外ではほとんど渡す事のない物だ。




「あ、ありがとうございます」


タマキはその名刺を両手でしっかりと受け取ったのだった――。

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