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シリーズ1・第三話

だが、翌朝――、




『昨夜、午後八時頃、東京都星川警察署の二十歳の女性刑事が都内に住む三十二歳の男性カメラマンを


 婦女暴行の容疑で誤認逮捕していた事がわかりました』


タマキの誤認逮捕の一件が公になっていた。




「朝井ーーっ!! これは一体どういう事だーーーっ!!」


この事により、タマキは出勤早々上司である捜査一課の課長・佐田に呼ばれ、これまでにない程怒鳴られていた。




「も、申し訳ありませんっ!!」




「昨夜、ちゃんと口止めをしておかないからこんな事になったんだぞっ?


 お前はこの星川署の……いや、警察庁全体の面子を潰したんだっ!!


 どう責任を取るつもりだーーーーっ!!」




「課長、とりあえず説教はそのくらいで……ここは一刻も早く署長と共に朝井を及川さんの所に謝罪に行かせるべきです」


佐田の怒号が響く中、助け舟を出したのは是永だった。




「そ、そうだな……」




「俺も同行します。行きましょう」


是永は佐田にそう言うと、シュンとしているタマキの背中をポンと軽く叩いた――。






だが、星川署の前では既にたくさんの記者やカメラマン、リポーター達が押し掛けて来ていた。


「朝井刑事、誤認逮捕をした二十歳の女性刑事というのはあなたの事ですよねっ?」


「これからどちらへ?」


「お相手の方への謝罪ですかっ?」


「どういった経緯で誤認逮捕という事になったんですかっ?」


署長の芦田、課長の佐田、是永と共に出て来たタマキを一斉に記者達が取り囲む。




「朝井、早く乗れ!」


素早く車の運転席に乗り込んだ是永は助手席のドアを開けて叫んだ。




「は、はいっ」


タマキは記者達を振り切り助手席に乗り込んだ――。






     ◆  ◆  ◆






「こっちにももう記者達がいるのか。まったく……流石に情報が早いな」


メグルの勤務先である事務所が入っているビルに着くと数人の記者達が張っているのが見え、


佐田が苦虫を噛み潰したような顔をした。




「……それにしても、情報が回るのが早過ぎませんか?」


ハンドルを切りながらバックミラー越しに佐田に視線を移す是永。




「どういう事だ?」




「確かに今回誤認逮捕してしまった及川さんはカメラマンですし、マスコミ関係者ではありますが、


 彼が自ら誤認逮捕された事を話したりするでしょうか?」




「プロのカメラマンと言っても無名なんだろう? だったら自分の知名度を上げるには良い機会じゃないか」


佐田は後部座席でフンと軽く笑った。




「それが無名という訳ではないんですよ。写真好きの友人が言ってたんですが“女性は絶対に撮らない”という


 変なポリシーがあって、その世界では有名人らしいですよ。腕も確かで彼の元には仕事の依頼が途切れないらしいです」




そんな中――、


「何はともあれ、今は誠心誠意謝罪しなくてはな。あちらはスクープを落としてしまったという情報も入って来ているし、


 損害賠償の話もどうするのか決めておかなければ」


運転席の後ろに座っていた芦田が何か考えを巡らせながら口を開いた。




「そうですね」


是永はそう返事をするとビルの駐車場に車を停めた――。






     ◆  ◆  ◆






応接室に通されたタマキ達四人はメグルとその上司であり、代表取締役である谷野が目の前に現れると、


スクッと立ち上がって深々と頭を下げた。


「「「「誠に申し訳ありませんでした!」」」」




「とりあえず、頭を上げて下さい」


谷野がやや低い声で言う。




その声にゆっくりと顔を上げるタマキ達四人。


そして重い空気の中、


「どうぞ、お掛けになって下さい」


谷野に促され、静かに腰を下ろした。




「それで、あの……スクープを落としたというのは……本当でしょうか?」


タマキは恐る恐る谷野に訊ねた。




「えぇ、誤認逮捕されていなければ他社をすっぱ抜いて週末に発売の週刊誌にスクープとして載せる事が出来たのに、


 及川が拘束されている間に締め切りが過ぎてしまった為に載せる事が出来ませんでした。


 当社はある週刊誌とネタ提供の契約もしているので、こういう事があると困るんですよ」




「も、申し訳ありませんっ」


再び深々と頭を下げるタマキ。




「まぁ、いくらあなたに頭を下げられたところで解決はしないんですよ」




「……」


冷たい言い方の谷野にメグルは眉根を寄せた。


しかし、今回のスクープを落とした事は事務所にとっては大きな痛手だ。


それだけに『まぁまぁ、キャップ』とは安易には言えない。




「……それで損害賠償と及川さんへの慰謝料の事なのですが……、


 そちらが提示した金額をなるべく早いうちにご用意させて頂きます」


落ち着いた様子で口を開く署長の芦田。


流石にどんな状況においてもどっしりと構えている。




タマキは俯いて今にも泣き出しそうな顔をしていたがキュッと唇を噛んで必死で堪えていた。




「……俺は、今回の事に関して何も遺恨に思っている事等ないですから」


すると、メグルが静かな口調で口を開いた。




その言葉にその場にいた全員がハッと顔を上げる。




「どんな人間であれ、一生懸命に職務を全うしようとした結果が裏目に出る事や予期せぬミスに発展してしまう事は、


 あります。今回の事も朝井刑事が職務を全うしようとした結果の事だと思っています」




「でも、及川さ……」


「とにかく、俺は今回の誤認逮捕の一件はなるべく穏便に済ませたいと思っています。


 損害賠償や慰謝料の事も含めて全部」


タマキが何か言い掛け、それを遮るようにメグルが言葉を被せる。




「俺はこれから取材があるのでこれで失礼します」


メグルはそう言うとタマキ達四人に一礼をして応接室を後にした――。






「……あのぉ……それで……損害賠償と慰謝料の方は……どのように……」


しばらくの沈黙があり、タマキが小さな声で遠慮がちに口を開いた。




「及川が損害賠償の事も慰謝料の事も、なるべく穏便に済ませたいと言ったからには、彼に何か考えがあるのでしょう」


谷野は先程よりもやや穏やかな口調で言った。




結局――、


この日は谷野に『後日また改めてご連絡致します』と言われ、タマキ達四人は星川署に戻ったのだった。






     ◆  ◆  ◆






「朝井、始末書と反省文書いとけよ」


署に戻り、捜査一課の部屋に入ったところで佐田が口を開いた。


メグルと谷野の様子を見てあまり大事にはならずに済みそうだと思ったのか、謝罪に行く前よりも口調が穏やかになっていた。




「はい!」


タマキはそう返事をするとさっそく自分のデスクで始末書と反省文を書き始めた。




「お前、これで始末書何枚目だ?」


するとタマキの向かい側の席に座っている先輩刑事であり、元相方の長原が意地悪そうな顔で言った。


一週間でタマキにコンビ解消を言い渡した刑事だ。




「……」


タマキは一瞬手を止めたが、すぐにまた書き始めた。




「……」


右隣の席では是永が横目で様子を窺っている。




「ま、お前のヘマのお蔭で今回も俺が手柄を頂いちゃったけどな♪」




「……」


長原が喋っているのをタマキは無視して始末書を書き続ける。




そんな彼女の態度が気に入らないのか長原はチッと舌打ちをすると更に嫌味を続けた。


「しっかし、是永さんもいい迷惑ですよねー? こんなのがバディだから手柄も上げられないどころか、


 どんどん評判が悪くなるし」




「俺は迷惑だなんて思った事は一度もないが」


だが、是永は静かな口調で言った。




「……お前さ、是永さんとコンビ解消しろよ」


すると是永を一瞥した長原はさらにキツイ口調で言った。




「是永さんが何も言わないからって甘えてんじゃねぇぞ!


 お前が足引っ張ってばっかいたら是永さんのキャリアに傷が付くだろ!


 本当なら俺が是永さんと組むはずだったのに! なんでお前なんだよっ!」




「やめろ、長原」


声を荒げた長原に是永は静かな口調で言った。




そこへ、長原とコンビを組んでいるベテラン刑事の鈴野が部屋に入って来た。


「なんだ長原、俺より是永とのコンビがいいなら、いつでも解消してやるぞ?」




「……べ、別にそんな事言ってないじゃないですかっ」


ばつが悪そうな顔をする長原。




「なら、いちいち朝井が始末書を書く度に突っ掛かるのはやめろ。


 お前だって最初の頃は酷かったじゃないか」


鈴野がそう言うと――、


「……」


長原は無言で部屋を出て行った。




「長原さん、さっきタマ達が謝罪に出掛けてる時に捜査のやり方で鈴野さんと喧嘩したんだ。


 それで虫の居所が悪かったんだと思う。だから気にする事ないよ」


始末書を書いていた手が止まり、俯いているタマキに左隣に座っている竹岡が小声で言った。


あの革ジャンにジーンズの若い男性刑事だ。




タマキは少しだけ顔を上げて頷いたのだった――。

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