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シリーズ1・第二話

それから一時間後――、


「……」


メグルは黙秘を続け、


「ちょっとぉー……このまま黙ってたって時間の無駄よ?」


そんな彼にタマキは自白を促し続けていた。


タマキの後ろでは是永がじっと様子を窺っている。






そうしてまたしばらくすると、取調室のドアを少し荒っぽくノックする音が響き、


革ジャンにジーンズとラフな格好をしている一人の若い男性刑事・竹岡が入って来た。




「是永さん」


竹岡は是永に近寄り、何か耳打ちをした。


すると、是永の片眉がピクリと動いた。


そして竹岡が取調室から出て行くと――、


「……及川さん、お帰り頂いて結構です。長時間お引止めして申し訳ございませんでした」


是永はメグルに丁重に頭を下げた。




「こ、是永さんっ、何を……っ?」


その行動に慌てるタマキ。




「朝井、お前の早とちりだ。及川さんは犯人じゃない。たった今、長原が犯人を逮捕した。


 被害者に面通しして確認もして貰ったから間違いないそうだ」




「でもっ、この男だって目撃証言とぴったり一致します!」




「だが、彼の面通しでの目撃者の反応は『違う気がする』と言っていた。


 それでも、まだはっきりとした事がわからないから俺も黙って様子を見ていたが……、


 長原が逮捕した男は目撃証言、被害者の面通しの証言も揃っている」




「そんな……」


愕然とするタマキ。




「……」


その横をメグルはスタスタと通り過ぎて取調室を後にした――。






     ◆  ◆  ◆






(はぁ……この時間じゃ、もうスクープはおじゃんだな……)


メグルは腕時計で時間を確認すると大きく溜め息を吐き、


スクープを諦めて約束していた人物との待ち合わせ場所へと向かった――。






(一応、来てはみたものの……アイツ、もう帰ってるだろうな……)


待ち合わせ場所の店まで後数メートルの所まで来ると、メグルは歩く速度を落とした。




「……あ、あのっ、及川さんっ」


すると、後ろからタマキが駆け寄って来た。




「え……、まだ何か……?」


その声にやや眉間に皺を寄せて振り返り、足を止めたメグル。




「い、いえ……あの、本当に大変申し訳ありませんでしたっ」


今までの強気な態度とは打って変わってとても弱々しい感じで深々と頭を下げて謝罪するタマキ。




「あ、あのー……そ、それで、そのー……お詫びといってはなんですが……今から食事でも……」




「別にいいよ。それに今から人と会う約束……て、言ってもまだ待ってるかどうかわかんないけど、とにかく……」


――と、メグルとタマキが立ち話をしていると、


「メグ?」


目の前のダイニングバーから出て来た女性がメグルに声を掛けた。




「依子……」


それはメグルが約束をしていた相手であり恋人の常盤依子ときわ よりこだった。




「……仕事で遅くなるって連絡しておいて、その子と遊んでたの?」


少し冗談っぽい口調で言った依子。




「…………」


だが、メグルは何も否定しない。




その所為で依子はタマキの事を勘違いしてしまった。


「まさか、本当にそうだったの? 最低」


声は荒げていないものの完全に怒ってしまったようだ。


メグルとタマキに背を向けてスタスタ歩き出す。




「え……ちょ、あの……っ、私……違いますっ」


タマキがハッとして否定しようとした時には既に遅く――、依子はもう十数メートル先まで歩いて行っていた。




「どうして否定しないんですかっ?」


彼女を追い掛けようともせず、誤解を解こうともしないでいるメグルにタマキが向き直る。




「いいよ、別に」




「及川さんが追い掛けなら私が追い掛けて誤解を解いて来ます!」




「やめておいた方が良いと思うけど?」




「行ってきます!」


メグルが止めるのも聞かず、タマキは既に人ごみに紛れてしまった依子の後を追った。




「……無駄だと思うけどなぁ」


そんな彼女の後姿を見つめながらメグルは小さく溜め息を吐いた。






「あ、あのっ、待って下さいっ」


タマキはカツコツとヒールを小さく鳴らして歩く依子を呼び止めた。




「……」


怪訝な顔で振り向く依子。




「あのぉ……何か誤解してらっしゃるようですけど……私、及川さんとはなんでもないですよ?」




「……」




「確かに及川さんが待ち合わせに遅れたのは私が原因です」




「……」


タマキの話を無言で聞いている依子。




「実は……その……私が及川さんを誤認逮捕してしまって……それで今まで取調べを……」




「は?」


依子はあまりに突拍子もない理由に思わずそんな声が出た。




「だから、その……」


「あなた、誤魔化すならもう少しマシな嘘を吐けば?」


ばつが悪そうに言葉を続けるタマキに呆れたように依子が言う。




「え……」


タマキが言葉を詰まらせている間に再び歩き出す依子。


どうやらさらに怒らせてしまったようだ。




「あ……」


タマキは彼女を追い掛ける事が出来なかった。




(はぁ……今日は全然ついてないなぁ……誤認逮捕はしちゃうし、及川さんの約束のお相手を、


 誤解を解くどころかますます怒らせちゃうし……及川さんになんて言えばいいんだろ……)


トボトボと引き返しながらタマキはメグルに対し、どう詫びようかと考えた。






しかし、タマキがダイニングバーの前に戻ってみるとメグルの姿はなかった。




「……あれ? 及川さん?」


キョロキョロと辺りを見回してみる。




(いない……)


タマキは依子の誤解を解けなかったどころかさらに怒らせてしまった事を言わずに済んだ事にホッとすると同時に、


メグルの姿が消えてしまっていた事にがっくりと肩を落とし、深い溜め息を吐いたのだった――。






     ◆  ◆  ◆






「バカ野郎ーーーっ!!」


署に戻ったタマキはいきなり怒鳴られていた。


誤認逮捕をしでかした上、とりあえずの謝罪だけしか出来なかったからだ。




“絶対に誤認逮捕の事が外部に漏れないように口止めをしろ”




そう上層部うえから言われて慌ててメグルを追い掛けたのだ。


もちろん彼女自身、謝罪したいという気持ちがあったからあちこち走り回ってメグルの事を捜した。


そうして、ようやく見つけて謝罪と上層部うえから命じられたとおり食事に誘った。


だが、結果は食事にも誘えなかっただけでなく、彼と約束をしていた人物に誤解を与えた上、


怒らせてしまったのだ。


タマキはもう何をどう言い訳したとしても無駄だと思い、懇々と繰り返されるお説教をただじっと聞いていた。






一時間後――、


タマキはようやくお説教から解放された。




「お疲れ」


自分のデスクに戻ると相方の是永が苦笑いしながら熱いコーヒーを淹れてくれた。




「ありがとうございます……」


呟くように言ってカップに口をつけるタマキ。




「今回も始末書か?」




「いえ……しばらく様子を見るそうです……もし、誤認逮捕がマスコミにバレたら……始末書どころじゃ、


 済まないかもです……」




「……そか」




「私……是永さんの足を引っ張ってばかりですね……」




「どうしてだ?」




「だって……私がいつもヘマをするからバディの是永さんまで評判悪くなっちゃうし……」




「でも、俺はお前の事、一度も足手纏いだとか迷惑だなんて思った事はないぞ?」




「どうしてですか?」




「“頑張ってる”からだよ」




「???」


是永の言葉の意味がわからず首を捻るタマキ。




「お前はまだ刑事としては新人だ。新人は男であれ女であれ、どんな職種であろうといろいろしでかすもんなんだよ。


 それを上手くフォローしてやるのが俺達先輩の役目だと思ってる。


 実際、俺だって新人の時は先輩達にたくさん助けて貰った」


是永は二十八歳のキャリア組。


二十歳のノンキャリア組のタマキとは立場がまるで違う。


それでも、警察学校から交通課を経て晴れて捜査一課へと異動が決まってから、ただがむしゃらに仕事をこなしてきた。




だが、最初の一週間で当時コンビを組んでいた別の男性刑事からコンビ解消を言い渡された。


原因は女であるタマキが足手纏いだという理由だった。




そんな時、声を掛けてくれたのが是永だった。


元々は課長命令で決まった新バディだったが、


『男だとか女だとか、そんなの関係ない。俺は組みたいと思う奴と組む』


そう言って、是永はタマキに握手を求めた。


タマキはその手を握った。


是永の手はとても温かかった――。




「俺は今回の事で仮令マスコミにお前が叩かれるような事があったとしてもコンビを解消する気はない」




「え……っ」


タマキは思わず顔を上げた。




「最初に言っただろう? 『コンビを解消する時はどちらかが退職した時だって』」




「は、はい……」




「明日、署長と一緒に及川さんの勤務先に一緒に謝罪に行こう。


 誠意をもって及川さんに謝罪をすれば、彼だってきっとわかってくれるさ」




「はい」




「それじゃ、お疲れ」


是永はそう言うと軽く手を挙げて帰って行った。




「お疲れ様でした」


タマキはその後姿におじぎをした――。

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