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あたしはスパイである。上編

妾を、なぜか一足先に第三者から。笑




 あたしはスパイである。

 名前はもう無い。



 いえ、少し訂正するわ。

 生まれたときに付けられた名前は、もう無い。



 平凡な声、平凡な顔、平凡な体を持つ孤児だったあたし。

 それまでもっていた名前は、あの方が拾ってくれた時捨てられた。

 

 そのかわり、様々な国に潜り込んで、たくさんの名前を得て生きてきた。

  


 ひとつの名前を盾に驕ってる人間なんてものを見たら、同情しちゃう。 

 だから、どんなに名前が簡単に捨てられるのか、徹底的に教え込んであげたこともあったわ。

 ある女を情報操作で追い詰め、社交界から追い出し、負債を裏から激増させたの。


 その名前で生きていけないようにね。

 


 爵位を奪われボロボロになって、ただの女として道に捨てられるのを見た時は、靴下を一足だけ恵んであげたのよ。

 あたしがすべての元凶だと知らず、縋り付いてきたから蹴ってやったわ。

 そのあとどうなったか?知らないわ。

 


  

 権力者なんて、ただの馬鹿。

 その名前を掲げれば、こっちがひれ伏すと思っているのよ。


 あたしと違ってひとつしか持っていないくせに。

 そのひとつの名前を奪ったら、何も残ってないくせに。 



  

 まあとにかく、あたしがどんなに有能なのかわかったでしょう?


 今は祖国と一番敵対している国、スベンザーの王宮で侍女として働いているの。

    

 たまに王の執務室に入ろうとするけれど、いつもはちょろっとお茶を注ぐ時に耳に入っちゃった会話とか、侍女同士の無邪気な噂とかを書いた紙を鷹にくくりつけてるただの侍女。


 いつもどおり、あたしにとっては簡単な仕事だと思ってた。


 いや、簡単なはずだった。


 あの変わった娘が来るまでは。










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