織田信澄(津田信澄)さん。('ω') 大河ドラマでにわかに注目されているこの歴史上人物ってどんな人?本当に本能寺の変に関わってたの? などをその生涯を踏まえて考えます。
織田(津田)信澄さん。
大河ドラマで取り上げられてる
この人の生涯を中心にその周辺の
事情をつらつらと書きます。('ω')
はてさて、
(;・∀・)
このたびの大河ドラマで
にわかに注目を集めている
歴史上の人物がいます。
織田信澄。
('ω')
織田信長の甥です。
なお歴史好きの方には
「津田信澄」と書いた方が
通りがいいので、
ここからはそう書きます。
これまでもドラマや小説では
何度も目にした人物です。
もちろん大河にも出てます。
けど実はそれほど大きな役割を
果たしたドラマはありません。
?(・n・;)?
主役級で描かれた小説は
一つも知りません。。
なのに今回の大河ドラマでは
安土築城の際に名前が出てきて
褒美をもらうシーンがあった。
俳優の緒方敦さんが演じてる。
(・n・;)
今はまだそれ程ではないですが
この緒方敦さんって実は、、
祖父はあの緒形拳さんです。
( ゜Д゜)
父はあの緒方直人さんです。
(´゜д゜`)
つまり二代に渡って大河の
主演という俳優一家の三代目。
\(◎o◎)/!
こと大河ドラマにおいては
端役をあてがうべきではない
サラブレッドなんです。。
だからこのドラマの中では
何かしら重要な役割があるの?
って思ってたところ、、
本能寺の変の黒幕役!?
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
父の織田信勝が殺された
恨みを晴らすって大役??
さすがにそれ、、
突拍子なさすぎでは??
(-ω-;)ウーン
歴史ドラマの視聴者の中には
それが史実だと思い込む人も
いるらしいですよ。。
それちょっとヤバいでしょ。
というわけで。。
(・n・;)
津田信澄さん。。
その周辺を大河ドラマの
描き方を軸にして、、
できるだけウソのないよう
書いてみますです。。
信澄さんは信勝(信行)さんの
長男として生まれます。
信勝は信長の弟なので、
織田信長は伯父になります。
('ω')
ただ信澄さんの生年は
1555~58年頃だそうですが
はっきりとしていません。
(・n・;)
なので、誕生の少し前から
父親の信勝さんを中心に
書くことにします。
1552年、
信長と信勝の父である、
織田信秀が亡くなります。
(;・∀・)
信秀は実質的な尾張の支配者
ではありましたが、
官位はそうではありません。
?(;´・ω・)?
尾張の守護は斯波氏です。
(;・∀・)
その斯波氏から尾張の半分を
任せられていたのが、
守護代の織田信友です。
そして…
織田信秀は信友のいとこで
家来という立場でした。
形式上の主従関係はずっと
保たれていたそうです。
官位は弾正忠。
守護代よりも下の地位。
信友から任せられていた
領地は1万石あるかないか、、
はっきり言って小勢力です。
(;´∀`)
だけど、
商才があったんです。
(;・∀・)
津島港と熱田商人を完全に
掌握したんです。
今に例えれば名古屋港湾圏の
交易を独占したようなもの。
そこでの莫大な利益を使って
尾張を実質支配したんです。
では…その死後は??
多くの人は信長が後継者に
なったと思ってるようですが
実は違います。(・.・;)
まず信秀の葬儀の喪主は、
信長ではありません。
(´゜д゜`)
弟の信勝(信行)と連名での
共同喪主だったそうです。
信長がその葬儀中に焼香を
投げつけたって逸話は
およそ事実だそうですが、、
どうもそれは単独で喪主を
できなかったことへの憤りも
あったらしいんです。、
(;・∀・)
さらに信秀の遺領は、
信長と信勝に分けられました。
( ゜n゜;)
二人は対等とされました。
だからドラマで言われてる、、
【信勝が信長に謀反をした。】
というのは正確ではありません。
\(◎o◎)/!
だって上下関係じゃないから。
信勝は信長と戦って敗れた、
というのが正確なところです。
でもちょっと待とう、('ω')
領地を分割相続するのは父祖の
勢力を半減させること。
庶民は「田分け」と呼んでいた
愚かな行為として知られたこと。
名古屋弁でいう「たわけ」の
語源でもあります。
じゃぁそれわかった上でなぜ
分割なんかしたの??(・n・;)
おそらく…織田信友が裏で
動いたんでしょう。。
信友は信秀の上役でありながら
実質支配されていた人。。
それを面白く思ってなかった人。
信秀が死んたその時は自分の
権威を取り戻す好機、
けど信秀の権益が、、
弾正忠家が上手に継承されたら
信友の立場は変わらない。
( ゜n゜)
だったら権益を半分こして
勢力半減させてやろう。
ということだったようです。。
当時は満17歳だった信長は
そんな上役に抗えず、、
15歳だった信勝もこれに
乗っかったみたいです。。
(;´∀`)
当時の信長が実態以上に
ウツケと評価されてたのは
この時に悪口を広められた、
という説もあります。。
(^^)シランケド…
そんなこんなあって、、
分割継承者となった二人は
しばらくは対等関係で、
仲良くやっていたようです。
('ω')
ただどうやら有能な家臣は
信勝につけられたみたい。
('ω')
歴史に名を残す有能な将が
何人もいたみたいです。
それで1554年頃から信勝側が、
弾正忠を勝手に名乗ったり
領主みたいな振る舞いをする
ようになったそうです。
\(◎o◎)/!
これを焚きつけた一人が
佐久間信盛だとか、、
かなり有名な武将です。
大河ドラマでは相撲をして
追放された一人です。
史実でも追放されてます。
(/・ω・)/
それで焦った信長は信勝を
倒そうとしましたが、、
…できません。(;´∀`)
だって信勝の守役はあの
柴田勝家ですから。
メチャクチャ有名です。
戦国最強クラスの猛将です。
いくら信長でも勝家を相手に
まともなケンカはムリです。。
(´n`)
けど…政治力では信長が
上だったみたいです。
('ω')
兄という立場を上手く使って
足元を固めていきます。
まず叔父であり実力者の
織田信光を味方につけます。
守護の斯波氏も信長支持に
傾けたんです。
こうして信勝は次第に
追い詰められます。
そしてついに1556年の
稲生の戦いで信長に敗北。
勢力を失ってしまいます。
(´;ω;`)
ちなみにこの時に信勝に
味方した重臣の一人が、
林秀貞です。。
やっぱり有名です。
この人も大河ドラマでは
相撲をして追放です。
史実でも追放されてます。
(/・ω・)/
けどそれでも信勝は
諦めなかったそうです。
(/・ω・)/
また反抗を企てたのです。
がとうとうこれ、、
柴田勝家に密告されます。
(´゜д゜`)
それで1558年ついに、、
殺害されるに至ります。。
( ノД`)シクシク…
なお信長はその後、
信勝方に味方した家臣の
殆どを許しています。
(・v・;)
林も佐久間も赦免されて
重臣に留まります。
(のちに追放されます。)
処罰を覚悟してた柴田は
厚遇で迎えられます。
\( 'ω')/
これに恩義を感じた彼は
その後ずっと信長の
忠臣として活躍します。。
ということですが…
('ω')
件の津田信澄はそのころ
どうだったのでしょう??
(;・∀・)
…どうでもないです。。
(;´∀`)
生年不詳の信澄はそのころは
まだ1~3歳くらいの子供。。
大人の事情は知りません。
その後は母の高島局とともに
柴田勝家に養われます。
('ω')
ちなみにこの高島局。。
今回の大河ドラマでは
樋口日奈さんという
俳優が演じていました。
(;・∀・)
私は知らなかったのですが
この人は元乃木坂46らしく
有名な人だそうです。
そしてドラマの中では…
父の敵を討つよう、
信澄に吹き込んだ張本人。
ってとても重要な役割を
割り当てられてます。。
(/・C・)/
けど…私はそれも知らな
かったんです。(;´・ω・)
というか高島局という名も
初めて知ったんです。。
けどもしかしたらそれ、
私が知らないだけで実は
有名な人なのかも、、、
そう思って調べましたが…
わかりませんでした。
(;´∀`)
何も見つかりませんでした。
というころで信澄の母が
黒幕ってことは…
たぶんないと思う。
('ω')/シランケド…
って結論でいいのかな、
って思ってます。。
とまぁそれはさておき、、
柴田勝家の養育のもと、
信澄は優秀な将に育ちます。
('ω')
頑張りました。
そんな信澄が元服するか
しないかの頃、、
織田家も頑張ってました。
(;・∀・)
足利義昭を奉じて、
畿内に勢力を広げている
真っ最中でした。
そんな1570年。
織田・徳川の連合軍は、
浅井・朝倉の連合軍と
姉川で戦います。。
この戦で大活躍をしたのが
浅井家重臣・磯野員昌。
(・v・)
のちに津田信澄の義父と
なる人物です。
浅井家で一番の猛将だった
磯野は織田軍に切り込み、、
大将の信長にあと一歩まで
迫る戦ぶりを見せます。
(; ・`v・´)
だけどその横で朝倉軍が
徳川軍に敗退。"(-""-)"
それで浅井軍も撤退。。
磯野くんの活躍むなしく、
浅井朝倉軍は敗れます。。
:;(∩´﹏`∩);:
そして磯野員昌はその後、
佐和山城にあって織田方の
攻撃に備えていました。
('ω')
佐和山は浅井家の本城、
小谷城の南にある堅固な城。
ここに猛将の磯野がいては
織田方は攻略困難です。
(-ω-;)ウーン
そこで織田方は策を使います。
('v')
発想者は竹中半兵衛です。
その策とは、、
まず小谷城と佐和山城の
中間にある横山城を落とす。
ここに木下藤吉郎。
(大河ドラマの準主役)を
城番として置きます。
そして小谷と佐和山の連絡を
徹底的に封じます。
戦国時代には電話もメールも
ないので、手紙を運ぶ者を
見張られると急に通信手段が
なくなっちゃうんです。
こうして磯野と浅井とを
しばらく音信不通にしたのち…
磯野が寝返った。( ゜C゜;)
というウワサを流します。。
そして磯野の方には
[今さら申し開きに行っても
浅井に誅殺される]
というウワサを流します。。
さらにその上で浅井には、
[磯野が申し開きに来ないのは
裏切りの何よりの証拠]
というウワサを流します。
つまり全部が藤吉郎と半兵衛が
流したウワサです。(ーvー;)
けど、、
磯野と浅井にはその真偽を
確認する術がありません。
だから結局、、
ウワサは本当になりました。
(;´∀`)
浅井家からの信用を失った
磯野員昌は本当に寝返るしか
なくなっちゃったんです。
そして磯野が寝返ってすぐ…
1573年に浅井家も朝倉家も
滅びてしまいました。
(´;ω;`)ウッ…
実はそれくらい磯野員昌って
重要人物だったみたいです。
そして磯野員昌は織田家中で
厚遇されました。
\( 'ω')/
柴田勝家もそうでしたが信長は、
自分を苦しめるほど強い将は
優遇する傾向があるんです。。
近江高島郡を与えられました。
ヾ(*´∀`*)ノ
けどその一環として、、
津田信澄を嫡養子として迎える
ことになりました。(・n・;)
これは戦国時代にはけっこう
あったことです。
織田信雄(信長の次男)が
北伊勢の北畠家に入ったのも、
織田信孝(信長の三男)
伊賀の神戸家に入ったのも同じ。
他の大名家でも見られます。
つまり敗れた武将に対して
勝者は養子を送り込むことで、
実質的な支配下に置く。
そしていずれその養子に
家督を譲らせることで、、
家ごとマルっと一門の家臣と
して取り入れるんです。、
(・n・;)
これは勝者(本件では織田家)に
とってはメリット大です。
戦をせず恨まれることも少なく
有力武将の持っていた領地と
家来をそのまま手に入れられる
ってことですから。('ω')
ただ自分のモノにするまでに
けっこうな時間と労力がかかる
ってデメリットもあるけど、、
そして敗者(本件では磯野など)
にもメリットはあります。
まず形式上とはいえ降伏では
ないってことこと。('ω')
武士として面目は保てます。
そして家名を残せること。
自分や家来が勝者から厚遇を
約束されることなどです。
ただ…(;´ーωー)
これは期間限定。。
家督を譲ってしまえば家は
乗っ取られたも同然。
厚遇の約束が守られるとは
限らないんです。。
というのを踏まえた上で、、
磯野員昌の養子となった
津田信澄は頑張ります。
(;・∀・)
大河ドラマにもありましたが
安土城築城で活躍したのは
事実のようです。
磯野家の領地のあった、
琵琶湖岸に住んでいたことも
メリットだったのでしょう。
その活躍が認められたのか
戦場においても重要な役割が
与えられるようになります。
(;・∀・)
織田信忠に従い武田征伐にも
従軍したそうです。
織田信雄の軍団の副将格に
なったこともあります。
そして大河ドラマで
鍵となった四国征伐では、
総大将の織田信孝のもと、
丹羽長秀らとともに、
副将に任じられたんです。
(;・∀・)
要するに信長の息子たちの
補佐役格として転戦してた
みたいなんです。。
さらにその最中の1578年に
磯野家の家督を継承して
大溝城主になってます。。
もう立派な大名です。
(;・∀・)
あと重臣の明智光秀の娘を
娶っています。。
完全に重臣の扱いです。
つまり、('ω')
謀反人の息子としての
扱いは受けていない。
(そもそも謀反ではない)
一門の家臣として甥として
充分なレベルの待遇を受けて
いたと考えていいでしょう。
だからおそらく信澄自身、
不満はなかったと思います。
けどそんな1582年、。
(・n・;)
件の本能寺の変が起きます。
津田信澄は黒幕か!?
(; ・`д・´)
の答えは出てます。(^^)
黒幕ではありません。
(・ω・)ノ
だって動機がないですから。
というかまず間違いなく、
謀反の計画自体を光秀から
事前には聞いてません。
だって慎重な明智光秀が
謀反のことを言いふらしたり
することは考えられない。
まして信澄は信長の甥。
計画に引き込むには危険な
存在ってことです。。
…では本能寺の変のころ、
信澄はどこにいたのか。。
大阪です。('ω')
先ほども少し書きましたが
信澄は四国征伐の副将でした。
織田信孝や丹羽長秀らと
四国への渡航の準備を進めて
いる最中だったそうです。
しかしそこに緊急速報。
\(◎o◎)/!
本能寺の変の報を受けて、
四国征伐は急遽中止になって
しまいます。。
そして津田信澄はそこで
どうなったかというと、、
少しは迷ったでしょうね。
(・n・;)
舅である明智光秀とは
良好な関係だったらしい
ですから。。
とにかく味方の欲しい光秀に
共闘を誘われていた可能性も
あると思います。
(証拠はありません。^^;)
とはいえ信澄が明智方に
ついた可能性といえば、、、
少なくともそれを想定させる
動きはなかったようです。。
謀反はしてません。
(`・ω・´)
けど一方で四国征伐の大将で
織田信長の三男、、
織田信孝はどう考える??
(・n・;)
父・信長と長兄・信忠が死去。
( ゜N゜;)
哀しんでる場合ではない。
だって継承順を考えたなら…
自分が織田家の後継者になる
可能性はかなり高いから。
(;・∀・)
とはいえ簡単ではない。
(・n・;)
もちろん明智を倒すのも
簡単ではないけど、
それ以上に難しいのは
織田家の後継者争い、、
まず正当な継承順位一位は
信忠の長男である三法師。。
けど…この子はまだ三歳。
('ω')ノ
自分が後継者になる可能性も
充分にある。
三法師が後継者になっても、
自分が後見人として実質的な
運営者になる可能性も高い。
となると誰よりのライバルは
次兄の織田信雄。(・n・;)
実はどっちが先に生まれたか
さえわからないほど年の近い
ライバル関係。。
将としての実力と実績ならば
たぶん信孝の方が上。。
ただ…母の身分が低い。
(;´・ω・)
信雄が信忠の同母弟なのに
対して信孝は異母弟。。
形式上とはいえ次男と三男の
序列もけっこう大きい。
だから信孝にすれば…
ここで活躍したいんです。
(;・∀・)
では…どうする???
まず一番いいのは、
謀反人である明智光秀を
自分の手で討ち取る。
(`・ω・´)
京都の明智軍の一番近くに
いる軍勢といえば
大阪にいる信孝なんだから
これはビッグチャンス。
それができたら間違いなく
織田家の後継者。
けど、、
敵は百戦錬磨の明智光秀。
(;・n・)
四国征伐軍の兵力だけでは
明智軍よりも少ない。
こんなもん、
自分単体でかかっていくなど
できませんわい、、
\(◎o◎)/!
ここは誰かと共闘しよう。
とはいえ、、
そうなったら手柄はその人に
持っていかれるかも、、
( ゜N゜)
伊賀に軍勢のいる織田信雄が
先に京都に着いちゃうかも、、
その間に何もしてなければ
評価を落としちゃうかも、、
とにかく何かしてなければ、、
それで、、
ここからは私の推察ですが…
(;´・v・)
それで津田信澄は嫌疑をかけ
られたのかもしれません。
陣中に裏切り者がいる。
明智方との決戦の前にそれを
成敗して万全を期していた。
ということにしておけば、
言い訳としては充分だから。
(;・v・)
そしてその明智方の将に
仕立て上げるには、、
津田信澄はうってつけ。。
(;・∀・)
だったと私は思ってます。
あと信孝…
邪推もあったのかもです。
(/・ω・)/
だって津田信澄は…
柴田勝家に養育された人。
明智光秀の娘を娶った人。
しかも織田信長の甥。。
これもし織田家中の争いを
勝家か光秀が制したら…
その最中に自分と信雄が
命を落としたなら、、
信澄が後継者に担ぎ出される
可能性もないとは言えない。
(´゜д゜`)
つまりことと次第では…
信澄に寝首を掻かれるって
こともあるのかも、、
まぁ…( ゜v゜)
このあたりは大河ドラマと
同レベルの創作ですが、、
とにかくも、、
そしてその後はみなさん
ご想像のとおりと、
ご承知のとおりです。。
('ω')
嫌疑をかけられた信澄は
織田信孝と丹羽長秀らに
攻められて敗死します。
本能寺の変の三日後の
ことだったそうです。。
(´;ω;`)ウゥゥ
なおそこで信澄は籠城して
無実を訴えたりしたので、
これを明智方の時間稼ぎと
解釈する向きもあります。
またここで信澄を失った
ことでさらに兵力を減らして
しまったことは、
信孝にとっても痛手でした。
そして同じ頃には北陸の
柴田勝家は敦賀に着陣。
あまり知られてませんが
柴田軍は羽柴軍よりも早く
京都に迫ってたそうです。
Σ('◉⌓◉’)
ただ上杉との交戦中でも
あったためその分の兵力は
越中に残してたとか。
(・ω・`)
そんな柴田に対して明智は
安土城に入って対抗。
若狭国主とも連携して、、
近江(現在の滋賀県)一帯を
完全に封鎖しました。
それで兵力の限られていた
柴田軍はそれ以上は
進軍できなかったんです。
こうして勝家も信孝も
動けないまま数日後、、
羽柴秀吉が着陣します。
(;・∀・)
もちろん小一郎も一緒です。
本能寺の変の時に小一郎は
京都ではなく秀吉とともに
備中高松にいましたから。
(๑╹ω╹๑ )
ちなみに余談ですが、
「上様は実は生きている」
という噂を流れたのは事実。
流したのは羽柴軍。^_^
この噂のために細川など
明智が頼りにしていた将は
躊躇してしまったとか。。
そして秀吉軍は
四国征伐軍と合流。
こちらは全軍です。
(`・ω・´)
味方を集められていない
明智軍を攻めます。
けどそうなると明智は
柴田を封じながら羽柴と
交戦しないといけない。
さらには京都の警護も
朝廷から任されてる。。
だから山城国との国境、
山崎より先に敵の軍勢を
進ませてはいけない。
ゆえに明智は不利を承知で
山崎で迎え撃ちます。。
(。・ω・。)
そのあたりはだいたい
いろんなドラマや小説で
飽きるほどやってます。。
どれか一個の通説を
鵜呑みにする人はいない
だろうってことで、
お話はここまでですが…
('ω')
最後におまけ、、
(●´ω`●)
信澄の遺児の津田昌澄は
その後は秀吉に仕えます。
('ω')
さらに秀頼にも仕え、
大阪の陣では豊臣方で
奮戦したそうです。。
その時に渡り合った
相手が藤堂高虎。。
(;・∀・)
今回の大河ドラマでは
大活躍のキャラです。。
その高虎のとりなしで
昌澄は江戸幕府の旗本に
とりたてられたそうです。
そしてその系統は幕末まで
続いたんだそうです。
できたらこれ今回の大河で、
見たいエピソードかな。
って思ってます。
(・v・)
こんな感じだと思います。
('ω')
これまであまり注目されていない誰かを
軸に歴史を見てみると色々と面白い
何かが見えてくることもあると思います。
次は、、
誰に注目してみようかな?
(ーvー)




