⑦ホブゴブリン
そろそろ一層ボス部屋だろうか。
チビを先頭に草原の奥へと進む。
ここまで五体のゴブリンを倒した。
チビは無傷、しかも元気。俺は全身に疲労感。
チビが戦えることは分かった。そして運動が嫌いでないことも分かった。その情報だけで十分な成果だろう。
いや、十分じゃない。見た感じチビは全く痩せていない。
さらに、入口で見た優先枠の余裕さが頭をよぎる。
一層を突破すれば次からは優先予約が可能になる。
予約の取れない今、その差はあまりにも大きい。
「……行けるか?」
小さく呟く。
ぷるっ。
隣でチビが揺れた。
軽い返事みたいで、少しだけ気が抜ける。
やがて、低木が不自然に途切れている場所に出た。
草原の中にぽっかりと開いた円形の空間。その奥には、石を積んだ粗い門が立っている。
間違いない。ボス部屋だ。
「う、いやな雰囲気あるなあ」
ホブゴブリン。
中で俺たちを待つのは一層ボスであるゴブリンの上位種だ。
ゴブリンとは腕力の強さが段違いだそうだ。
みっちり予習した。けれど、知識と実戦が別物なことは、ゴブリンで嫌というほど学んだ。
俺は横にいる薄い青色の巨体を見る。
「怖いなあ」
ぷるん。
「でも、予約のこと考えたら、ここで行っときたい。チビもまたすぐダンジョン来たいやろ。」
チビはまた一度揺れた。
それが了承なのかは分からない。それでも、今はそういうことにしておく。
「よし、やろう」
深く息を吸う。身体を巡る魔力がじわりと熱を持つ。
「ぶっ倒す。でもやっぱり無理そうやったらすぐ逃げる。」
自分に言い聞かせるようにそう言って、俺は門をくぐった。
◇
門の中は外と大きく変わらなかった。
草地が広がり、ところどころに背の高い低木が生えている。
ただし空気だけが違う。妙に張り詰めていて、音が吸われるみたいに静かだ。
その中央に、そいつはいた。
「……でか、いや、うで太っ」
思わず漏れる。
ホブゴブリンの身長は、俺とそう変わらなかった。
せいぜい一七〇センチ前後。だが、横幅が違う。肩は厚く、腕は丸太みたいに太い。普通のゴブリンのような痩せた嫌らしさじゃない。殴るためにそのまま膨らませたみたいな体つきだった。
肌はくすんだ緑というより、濁った土色に近い。
革の腰巻をまとっている。
そして右手には、骨棍棒。
白く濁った太い骨を、そのまま削って作ったような武器だった。
顔つきも普通のゴブリンより引き締まってみえる。
だが、目は同じだった。
こっちを見た瞬間、獣のような光が宿る。
「GURAAAAA!!」
叫び声と同時に、ホブゴブリンが地面を蹴った。
速い。
「チビ!」
チビが前へ出る。
ホブゴブリンは骨棍棒を横なぎにふるった。
ぶよんっ。
骨棍棒がチビの身体に食い込み、巨体を数十センチ動かした。
ゴブリンとは明らかに違う打撃の重み。
今だ、狙うのは頭――ではなく、膝。
鈍い音。
「GAA!?」
右膝への衝撃にホブゴブリンの身体がわずかに揺れる。
効いた。
すぐさま一歩距離を取る。
「チビ、ぶつかれ!」
チビがぐっと前へ出て、体重をホブゴブリンへと押しつける。
ホブゴブリンとチビが拮抗する。
いける。
俺はさらに踏み込み、もう一発右脚に棍棒を叩きつける。
さらにもう一発、そう思って俺が前のめりに構えた瞬間、
「GURAA!!」
苛立ったように吠え、ホブゴブリンが骨棍棒を振り回す。慌てて木の棍棒で防いだが、ミシ、と嫌な音を立てた。
あいつの体制が整っていたら、絶対に受けられない。
そう思って一歩引いた、その瞬間だった。チビを押し退けて、ホブゴブリンが正面から迫り来る。
「うわっ!」
速い。
とっさに棍棒を突き出すも、骨棍棒で弾かれる。
引いたら死ぬ、そんな予感が全身を駆け巡り、極度の緊張感によって集中が一つ引き上げられる。
獰猛な顔つきのホブゴブリンの後ろ、こっちに迫るチビが見える。
骨棍棒を振り上げる動きが見えた瞬間、俺はなんとか棍棒を振るった。
棍棒がぶつかる。激しい衝撃が腕を走り、危うく棍棒を落としそうになる。その棍棒は、半ばから折れ吹き飛んでいた。
「っ……ぐ!」
ホブゴブリンは骨棍棒を握ったまま、獰猛な笑みを浮かべた。
もう少し、その思いで指先に魔力を集める。人差し指をホブゴブリンに向ける。
「バン!」
指先から放たれた魔力弾は、ホブゴブリンが知覚する暇を与えず、頭に当たりのけ反らせる。
なんとか稼いだ1秒の間に、チビが背後から飛びかかる。
大きなダメージではない。けれど、体勢が崩れた。
「今っ!」
俺は全身に魔力を込め、全力で踏み込む。
狙うのは、さっき何度も殴った足。
同じ場所へ、折れた棍棒を突き刺す。
ごきっ、と嫌な音がした。
「GUGAAAA!!」
ホブゴブリンが膝をついた。
「チビ、乗れ!」
半分やけくそで叫ぶ。
ぶるんと大きく揺れたかと思うと、そのままホブゴブリンの上半身へ、どすんと覆いかぶさる。
「GU、GAA……!」
骨棍棒が草の上へ落ちる。
ホブゴブリンは両腕でチビを押し返そうとする。
だが、押し返しきれない。
俺は落ちた骨棍棒を持ち上げ、魔力を通す。
木の棍棒よりもスムーズに通る。
もがくホブゴブリンを見つめ、
「おらぁ!!」
頭を狙って振り下ろす。
一発。二発。三発。
最後の一撃で、ホブゴブリンの身体から力が抜けた。
黒いモヤへと崩れていく。
その場に残ったのは、魔石と、腰巻。骨棍棒はモヤとなった。
「……はっ......はっはあはあ」
呆然と立ち尽くす。やった。
「しゃあ!!」
ぷるっ。
チビが何事もなかったように揺れる。
お前はもうちょい感動しろ。
足から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
「勝ったぁぁ……!」
一気に息を吐く。
心臓がうるさい。手も震えている。けれど、それ以上に笑いが込み上げてきた。
「一層ボス、倒した。ナイスチビ」
ぷるるん。
チビの表面を撫でる。
殴られた跡は見当たらなかった。ほんまに頑丈やなこいつ。
視界に文字が浮かぶ。
【花村善 Lv.5】
【スライムLv.5/10】
【条件達成:スキル解放】
「……お?」
思わず声が漏れた。
スキル解放。
一層ボス撃破で解禁されるとは聞いていた。
だが、実際に自分の前に出ると実感が違う。
しかも、チビもLv.5だって。
さらに視界の文字が切り替わる。
【スライム Lv.5/10】
スキル:同調
「同調?」
なにそれ?分かる?とチビを見る。
その瞬間、足元のチビが淡く光り始めた。
「……チビ?」
薄い青色の巨体が、ぶるん、と大きく揺れる。
輪郭が崩れ、伸び、持ち上がっていく。
「え、待っ――」
光が収まった時、そこにいたのは――
薄い青色の、俺だった。
【ホブゴブリンの腰巻】
一層ボス、ホブゴブリンが腰に巻いていた革布。
分厚く荒削りだが丈夫。防具素材として加工すれば、見た目以上の価値を発揮する。




