⑥ニートスライム、ダンジョンに行く
深夜0時半、俺は大阪ダンジョン受付にいた。
無理にチビを収納しているため、胸がもたれている。早く出したい。
施設管理料1000円と、レンタル棍棒代2000円を支払う。
「はい、では引換券です。あちらでお受け取りください。」
言われるままレンタルコーナーに向かい、棍棒を受け取る。探索初心者にとって、この一本が生命線だ。
深夜なのにダンジョン入口は人でごった返している。列の後ろに並び、入場を待つ。
そんな中、端の空いたレーンを悠々と歩く3人組がいた。
それを見た近くの男たちが羨ましげにこぼした。
「あー早く1層クリアしてえな。」
「な、優先権羨ましすぎるわ。」
「俺らも今日行けるんちゃう?2回目でボス倒したやつらもいるくらいやし。」
「そういうのは命知らずのあほだよ。」
1層をクリアし2層以降へ進める探索者には優先枠が設けられている。
本来はじっくりレベルを上げてから1層ボスを倒すことが推奨されている。
ただ、予約の取れない現在では、無理な突撃をして死傷するケースも散見される。
とは言え、他人事ではない。
チビがどれだけやれるかによっては1層ボスへのチャレンジもあり得る。そのつもりで予習はしてきた。
さあ、久しぶりのダンジョンだ。
チビは何ができるんだろう。
胸のむかつきを抑えながら、ゲートをくぐった。
◇
「お〜広いな〜」
1ヶ月前のいけもんと同じリアクションをしてしまった。
入口付近は探索者の姿も多い。ここではチビは出せない。
「もっと先やな」
俺は人の少ない方へ歩いた。
低木の陰を選びつつ進み、入口から十分離れたところで立ち止まる。
周囲を見回す。
よし、誰もいない。
「……出てこい、チビ」
意識を向けると、足元の草がぶわっと押しのけられた。
ぼすん、と鈍い音を立て、ぷるっとした巨体が現れる。
「はあ〜〜っ」
胸のつかえが一気に消えた。気分が全然違う。今までずっと胃の上に石を乗せていたようなものだ。
思いっきり深呼吸すると、身体中に魔力が満ちるのを感じる。身体がダンジョンに来れたことを喜んでいた。
「今日調子いいかも」
チビもぶるんと全身を揺らし、草を寝かせながら俺の方へ寄ってきた。
よし、変わらずでかい。
「今日は運動やぞ。痩せよな?」
ぷるっ。
返事なのか、ただ揺れただけなのか、分かる日はくるのか。
その時、近くの草がもぞりと揺れた。
飛び出してきたのはスライムだ。
「うわあ〜ちっちゃ〜かわいい〜」
幼かった頃の子どもを懐かしむ親の気持ちが分かった。
不用意に近づこうとしたが、チビが俺の前に立ち塞がる。なんだ?と思った時にはチビはのっそりと動き、
ぼふっ。
野生のスライムに乗っかった。
いや、ぼふっ、よりプチっだったかも。チビの身体にひかれ、そのままモヤとなった。
「これがスライムプレス...!」
なぜかつい技名をつぶやいてしまった。
スライムには勝てる。だがゴブリン相手にも通じるのか、それが重要だ。
さらに移動する。人目を避け、時々アイテムボックスに戻しながら進んだ。
ガサっ
前方の草が揺れ、1体のゴブリンが飛び出した。
「GUAAA!!」
獰猛な叫び声、尖った歯、飛び散る唾液。血走った目がこっちを捉えた。
ギュッと自分の体が縮こまるのを感じる。
ゴブリンがためらうことなくこっちへ突っ込んでくる。
「チビ!」
俺が叫ぶと、チビがぶるんと揺れて前に出る。
振り下ろされた棍棒がゼリー状の身体にずぶりと埋まり、そして跳ね返された。ゴブリンの手を離れて飛んでいく棍棒。
「GA?」
ゴブリンは驚きに目を見開いたが、すぐにチビをにらみつけ、拳を振り下ろした。
ぶよん、その拳もあっさり弾かれる。
今だ!ふるえる体を抑えつけ、魔力を意識し足を踏み込む。
「おら!!」
上段から振り下ろした棍棒がゴブリンの右肩を強打する。
「GUAA!!」
痛みに顔をしかめ、こちらに目線を送るゴブリン。
俺は棍棒を握り直し、頭めがけて思い切り横薙ぎに振るった。
ゴッ、にぶい打撃音が響き、ゴブリンは草の上に倒れ込み、そのままモヤとなった。
「やった......はあ、はあ」
肩で息をする。直後、体内の魔力が熱を上げるのを感じる。レベルアップだ。
「チビ、ありがとう。痛くなかったか?」
巨体を揺らし近づいてきた。殴られた箇所はなんともなさそう。
「レベルどうなった?アイテムボックス」
【スライム(肥満)Lv.2/10】
レベルアップしていた。よしよし。確認を終えると、すぐにまたチビを出した。
ゴブリンからは布がドロップした。
指先でつまみ恐る恐る臭いをかぐ。
「......よかった~無臭や」確認しアイテムボックスにしまう。
ゴブリン1体。
それだけなのに心臓は高なり、震えもまだ止まらない。
それでも勝てた。しかもチビは無傷だ。
まだ先へいける、前方に目をやる。
低木が増え、草丈も高く視界が悪い。ゴブリンが潜んでいそうだ。
ボス部屋に向かうにはこの辺りを抜けなければならない。
「もうちょい行くで、チビ」
俺の前を歩きだすチビ、張り切っているのか?
チビが押し広げた草の上を歩く。快適すぎる。
おかげで索敵に集中できる。
左前方の草が揺れた。反射的に意識をそちらへ向けると、飛び出してきたのはゴブリン達。
「うわっ、2体!」
「GYURU!!」
「GUAAA!!」
片方が正面から、もう片方は少し回り込むように走ってくる。
チビが正面の一体を受け止める。
そっちは大丈夫だろう。
問題は俺だ。回り込んできたもう一体が棍棒を振りかぶる。
「くっ!」
慌てて棍棒で受けとめた。驚きはしたが威力はそうでもなかった。
さらにゴブリンが振りかぶる、それに対して俺も棍棒をふるう。
棍棒同士がぶつかった結果は俺の勝ちだ。ゴブリンの棍棒が宙を舞った。
「くらえ......」魔力を込めた棍棒を振りぬこうと構えた、
その瞬間――
横から、薄い青色の巨体が勢いよく転がってきた。
「えっ」
ぼにゅん!!
不思議な衝撃音。
ゴブリンの側面にチビが全身でぶつかった。
「GYABAA!?」
そのままゴブリンは派手に吹っ飛び、草の上を二転三転する。そうしてモヤとなった。
「転がった!?」
チビだった。
でかい。丸い。重い。その全部を活かして普通に轢いた。
正面のゴブリンはやられた仲間を見てギャアギャアわめいている。
「おら!」
俺は踏み込み、がら空きの左腕に棍棒を叩き込む。
「GUAA!!」
よろけて膝をつくゴブリン。
その上にチビがのっそりと覆いかぶさった。
ぼふっ。
潰されたゴブリンが短く叫び、そのままモヤと消える。
静かになった。
「ええ......」
思わず口から漏れた。
チビは何事もなかったかのように、ぷるんと体を揺らしている。
受け止める。弾く。押し潰す。しかも転がる。
「チビさん多才やな?」
ぷるっ。
どう見ても得意げだ。
俺は荒くなった息を整えながら、地面に落ちた棍棒と腰布を回収した。
チビが時間を稼いで俺が殴る、これがプランだったが、防御力も攻撃力もチビの方が高いようだ。
なんだかなぁ
「……ボスいけるかも」
ゴブリンの顔には慣れないし、二体来た時は普通に死ぬかと思った。
それでも、前回とは違う。今の俺にはチビがいる。
「よし。もう少しだけ進もう」
そう言うと、チビは大きく揺れた。
俺は棍棒を握り直し、チビと一緒にさらに奥へ足を進めた。
【ゴブリンの腰布】
ゴブリンが身につけている腰布。
魔力をわずかに通す素材で、加工も容易なため重宝されている。




