②こんにちはスライム
初めてのダンジョン探索の翌日。
出社早々、後輩のいけもんが笑顔で寄ってきた。
「善さん!初ダンジョンどうでしたか?」
「しーっ。聞かれたらやばいから。」
俺の勤める会社ではダンジョン侵入は禁止と通達が出たばかりだ。
こっちに来いとフリースペースに引っ張る。
「いや先輩、普段はリスクやら不良やら厳しいのに、なんでここは緩かったんですか」
もっともな疑問だ。俺は品質管理課で製造部や部品サプライヤーに厳しく接する立場だ。
「身体が疼いた。だってさ、魔力やで?魔力使いたいやん?」
「だめだ先輩がおばかになった」
そう言っていけもんは笑った。
「仕事は仕事。そんなことよりほら、アイテムボックス。」
そう言って右手を差し出すと、何もない空間から物質が現れた。
「おお!善さんファンタジー!」
「スライムゼリーです。」
いけもんがキラキラした目でゼリーを突っつこうとするのを避ける。
「ダンジョン産のアイテムだけ収納できるんですよね?」
いけもんの質問に対してニヤリと笑い、胸元から名札を取り外す。
その名札をスライムゼリーで包み込むと、そのままスッとアイテムボックスに収納した。
目をかっぴらくいけもん。表情が忙しい男だ。
「いやいやいや!ネットにもそんな情報載ってなかったっすよ!自分で発見したんすか?」
「そう、朝まで色々試しててん。スライムゼリーに自分の魔力つぎ込んだらできちゃった。」
「すごいっすけど、ねえ、なんか悪用できそうですねぇ」
「それ。まあしばらくは内緒やな。国もこんくらいは発見してるんちゃう?知らんけど。」
世界各国、日本政府が発信しているダンジョン情報は様々だが、機密事項は多いことだろう。
「あ、先輩、収納したアイテムは鑑定ができるって本当なんですか?」
「おう説明文な、出た出た。目には見えへんのに文章が読めるっていうな。魔力の不思議さ全開。」
【スライムゼリー】
スライムから採取されるゼリー状の残留物。
魔力の浸透性が高い。
「おお~さすがに憧れます!」
「せやろ?いけもんもダンジョンいかん?一人じゃゴブリン倒せそうにないし。めっちゃ臭いしめっちゃ怖いんよ」
「おっけいす!ぼくの潜在魔力がうずいてます。解放の時を待ってるようだ。」
「あ、そんなあなたにこれ、両手出して。」
怪しげな顔で両手を出すいけもん。
その手のひらの上に俺は右手をかざし集中する。すると、淡い黄土色の液体が俺の手からしたたり落ちた。
「うわっ!!!」
いけもんは慌てて手を振るが、グミのように手にくっついたままだった。
「魔力のプレゼント。黄金に光る魔力。かっこよくね?」
俺はドヤ顔を見せた。
「黄金ですかこれ?黄土色ですけどね。うわ、液体っぽいけど光?って感じですね」
左手の指で触りながらそう言う。
「魔力を一箇所に集める。色をつける。垂らす。簡単に見えて、複数の工程を踏んでいるのです。努力のたまものです。」
「なんのためにっすか。」
手のひらの魔力がふっと霧散した。
あ、と俺は良いことを思いつく。つい笑顔になってしまう。
右手からにゅるっと黄土色の魔力を出す。
「なあなあ、これちょっと飲んでみいひん?ダンジョン行かんでも魔力に目覚めたりするかもよ?すごない?実験実験!」
いけもんは心底ドン引きの表情を浮かべ、
「善さんほんっまにきもい!!絶対にいやです!ほらダンジョンの予約頑張りましょ!」
◇◇◇
「いや、取れるかーい」
自宅でパソコンのF5キーを連打しながらついついぼやいた。もう3時間はやっている。
大阪ダンジョンは、かつての大阪万博もびっくりの予約争奪戦になっているのであった。
さらにペア枠は超がつく激戦区だ。一人でいくの怖いもんなあ。
一般開放からまだ1か月、無秩序な侵入は国により制限されている。
入場は完全予約制。探索時間は3時間まで。
また、1階層は自衛官が巡回してくれている。昨日俺も助けてもらいました。ありがとう。
「予約はしばらくあきらめて、できることやるか」
さあ魔力実験だ。
やりたいことはたくさんある。
まずは魔力の知覚。
身体に巡らせて身体強化。これは戦闘時の基本らしい。
ゆくゆくは相手の魔力量を見抜いて戦闘力を把握できたり?
魔力を放つ魔力波?魔力弾?できるかな。
魔力で夏は涼しく冬はあったかく!魔力をいい匂いにしちゃったり!
目を閉じてフーッと息を吐く。胸のあたりに熱を感じる。熱くはないが熱だ。これが魔力。
ピコンッ
[明日の深夜1時枠のキャンセル待ち、抽選当たりました!!次の日休みなんでいけますよね??]
うお、いけもんって豪運の持ち主? [ミラクル!もちろん行こう] っと。
◇◇◇
「広いな〜」
のんびりとした声を上げるのはいけもん。ダンジョン1層は膝下の草丈に、視線を切るようにまだらに低木が生えた、草原のようなエリアだ。
少し進んでゴブリンが出る領域からは、低木が増え視認性が悪くなる。
「とりあえずスライム一匹倒してレベル獲得やな」
世間ではモンスター未討伐の状態をレベル0と呼ぶ。
しばらく歩いていると、草がぽふんと揺れ、無色半透明のスライムが飛び出した。
「出ましたね。いきます、おりゃ」
スライムに躊躇なく棍棒を振り下ろすいけもん。ぐにゃりと形を崩したスライムは、そのまま黒いモヤとなった。
「おっけい一撃!おお、おお~なんか新たな力を手に入れた感じがあります。」
「レベル獲得やな。魔力、分かる?熱いんやけど熱くない感じちゃう?」
「はい。今ちょうど分かります。なんかシンプルに熱く感じますね。」
魔力の感じ方は人それぞれなのかな、と俺は考えた。
いけもんはドロップしたスライムゼリーをアイテムボックスに入れたり出したりして、しばらく一人で盛り上がっていた。
◇◇◇
2匹目のスライムを探して歩きまわる。そろそろゴブリンが出そうなので、警戒心を増す。その時何かを感じ、そちらに視界を向けると、空中から水滴が発生するのが見えた。水滴は地面に落ちると、スライムを形作った。
「スライムは空間から生まれると。レアなとこ見れた。」
棍棒を構えるいけもん。俺はちょっと待ってと手で静止し、スライムに近づく。
「へいスライム、魔力飲んでみん?」
「ちょ!危ないっすよ先輩!」
「いや~いけもんが昨日飲んでくれてたらな~。なんかあったら助けてな。な。」
そう言いながら、右手へと魔力の流れを意識し、魔力のしずくをスライムへと垂らした。
スライムは魔力を受け止めると、ぽよんとその場で波打った。そして、そろりそろりと俺の足元へと近づいてきた。
「お?もうちょっと欲しいん?」おかわりを垂らす。ぽよんぽよん。更におかわりを垂らす。
するとスライムがほんのり薄い青色に発光した。
その瞬間だった、ドクン、俺の胸の奥で何かが脈打った。
ポヨン、ポヨン
まるで呼吸を合わせるように、同じリズムでスライムが揺れた。
あ、繋がった。ふいにそう感じた。
しゃがんでスライムに触れる。ぷるんと柔らかい。ひんやりしていた。
「......アイテムボックス」そう言うと、スライムの体がふわりと光り、その場から消えた。
「ええええええーーーーー!!!!」
いけもんは相変わらずうるさい。
「スライム、ゲットしたな。いや俺もめっちゃびっくりしてるけど」
「いやいやいやいやほんまそんなん聞いたことないですって!!」うるさい。
【スライム Lv. 1/10】
周囲の魔力を吸収して活動する。
「レベル1やって、周囲の魔力を吸収して活動するらしい。」
それから俺はスライムを出し入れする。
いけもんよ、ジト目でこっちを見るな。
「モンスターをテイムできるなんて、そんな情報どこにもないっすよ。」
「確かに、これってテイムやな。世界初っぽいなあ」
ほらまた、ジト目でこっちを見るな。
[いけもん]
善の3年後輩。ゲーム友達。仲良し。




