“エマを奪う影”に、名は要らない
次の日、塔の正面に馬車の影が見えた。
魔術師ギルドの紋章。
“エマを見たい”と言ってきた者たちだ。
俺は即座に結界の強度を上げた。
「リュカ? どうしたの?」
「客だ」
「えっ、ギルドの人? やば……! ちゃんと挨拶とかした方が――」
「必要ない」
エマが目を丸くするのを無視して、
俺は扉の前に立ち、結界を展開する。
塔の外から声が聞こえる。
「リュカ殿、先日の件で――」
「帰れ」
短い一言で、結界が重くうねる。
魔術師たちは驚き、馬車が軋む音が遠ざかっていく。
エマが袖を引っ張る。
「ちょ、ちょっと! あんな態度して大丈夫なの!?」
「問題ない」
「いや問題あるでしょ!? もう……!」
「誰が来ようと関係ない。
おまえを“連れていこうとする可能性がある者”は、全員敵だ」
「……だからヤンデレなんだってば!」
ツッコミと同時に、エマはあきれたように笑った。
その笑顔を見て初めて、胸の奥にこわばりが解けた。
影は名前を持つ必要がない。
奪う可能性があるだけで、敵に分類される。
三週目の世界では――
エマの周囲すべてが俺の監視対象だ。
それでも、彼女は笑って言う。
「はいはい、ヤンデレ魔術師さん。
とりあえずお茶にしよ?」
その声がある限り、俺は迷わない。




