魂の震えに気づいた日
塔の上階。
夜の闇に混じるように、静かな風が吹き抜けていた。
結界の外の空気は冷たく澄んでいるのに――
腕輪から伝わるエマの魔力は、微かに揺らいでいた。
ほんの少し。
けれど、見逃せる震えではなかった。
「……エマ?」
居間に入ると、エマは暗がりの中で窓の外を見ていた。
森の向こう、青く滲む月の光が彼女の横顔を淡く照らす。
「眠れないのか?」
「ううん、ちょっとね……。
なんだろう、胸の奥がきゅってする感じがして」
まるで、魂が思い出せない何かを探しているみたいな表情だった。
一週目の彼女が、同じ夜に同じように窓を見ていた姿が脳裏によぎる。
あの時も、胸の奥を押さえて「なんだか悲しい」と言った。
理由を知らないままの“魂の痛み”。
三週目の今も、それは消えていない。
「エマ」
そっと肩を抱くと、エマは少し驚いたように俺を見上げた。
「だいじょうぶだよ、リュカ。
なんとなく思い出しそうで思い出せないだけだから」
「思い出す必要はない」
俺は静かに首を振る。
「おまえを痛ませる記憶なら、
そんなものは俺だけが覚えていればいい」
エマの目が、柔らかく揺れた。
「……なんか、そういうとこ優しいよね。
すごく重いけど」
「重くていい」
エマが痛むくらいなら、
俺が全部持てばいい。
こうして触れていると、確かに魂が落ち着いていく。
一週目でも、二週目でも、そして今も。
エマの魂は俺の魔力に触れて初めて安定する。
それは彼女自身が知らなくていい真実だった。




