「ヤンデレ魔術師」と呼ばれて
ある日の午後、塔の居間に柔らかい光が差し込んでいた。
窓の外では森の木々が揺れ、遠くで鳥が鳴く。
いつもと変わらない、静かな時間――のはずだった。
「そういうとこだよ、ヤンデレ魔術師」
エマが、当然のような顔でそう言った。
「……ヤン、デレ?」
聞き慣れない言葉に眉をひそめると、
エマはソファにもたれながら楽しそうに笑った。
「前の世界の言葉でね、
“好きすぎてちょっと重い人”みたいな意味かな」
「重い人、か」
「そう。
嫉妬深かったり、独占欲強かったり、
相手を大事にしすぎて、ちょっと暴走しちゃう人とか」
列挙される特徴が、見事なまでに自分に当てはまるので、思わず沈黙する。
エマは、そんな俺の顔を見てくすくす笑った。
「大丈夫大丈夫。
私、ヤンデレ嫌いじゃないから」
「……嫌い、ではない?」
「うん。むしろ、わりと好き」
胸の奥で、何かが静かに反転する音がした。
一週目。
俺は“普通であろう”と努めた。
エマを怖がらせないように、
自分の中の独占欲や嫉妬を必死で隠していた。
それでも守れなかった。
二週目。
見ていることしかできなかった俺は、
距離を置くことが、ただの無力の証明でしかないと痛感した。
そして三週目。
エマは、はっきりと言った。
「壊れるくらい愛されたい」
それを聞いてしまった以上、
俺が“軽く”愛するという選択肢は、もうどこにも存在しない。
「……エマ」
「なに?」
「おまえは、俺のことをどう思っている」
「えっ、急に!?」
「ヤンデレ魔術師と呼んだ、今」
エマは少し考えるような顔をして、
それから、いつもの調子で笑った。
「すごく重いけど、すごく安心する人」
胸の奥がきゅっと縮まり、それからじわりと熱が広がった。
安心。
その言葉は、俺にとって何よりの報酬だった。
「なら、いい」
「え、いいの? そこは否定しないんだ?」
「否定する必要がない。
おまえが望んだのは、“壊れるくらいの愛”だろう」
「う……それは、そうだけど……」
エマの頬が少しだけ赤くなる。
目元が照れくさそうに揺れ、
それでも俺から視線をそらさない。
その変わらない強さも、
一週目から何ひとつ変わっていない。
「エマ」
「なに?」
「俺は、おまえにとって“安心できるヤンデレ”でいる」
「どんな宣言!?」
「おまえの望みを叶えるのが、俺の役目だ」
嫉妬深く、独占欲が強く、時に行き過ぎた魔法を使う。
それでも、エマが「ここがいい」と言う限り、
その重さは罰ではなく、願いへの回答になる。
一週目で守れなかった初恋。
二週目で届かなかった憧れ。
三週目の今、ようやく手に入れた言葉。
――ヤンデレ魔術師。
それが、俺だけの役職名でいい。
この世界でただ一人、エマのためだけに重く在り続ける魔術師。
クライマックスへ向かっていく物語の中で、
俺の覚悟だけは、もうとうに決まっている。
今度こそ、絶対に手を離さない。
たとえエマがあきれても、
その声ごと、全部この腕の中に抱え込んで生きていく。




