腕輪に込めた“言い訳”と本音
塔の窓から差し込む光が、机の上の金属片を鈍く照らしていた。
細く削った銀色の輪に、小さな青い石をひとつ。
ただの装飾品に見えるそれは、本来なら一晩で作れる程度の魔道具だ。
けれど俺は、何日もかけて、何度も魔力を流し込み、細部を削り直した。
理由は、ひとつしかない。
これは「エマのためのもの」であり、「エマだけのもの」だからだ。
窓の外には、森の梢が揺れている。
空気は澄んで、塔の中の静けさは穏やかなのに――
胸の奥には、どうしようもない不安が居座っていた。
三週目のエマは、この世界のことを学ぶほどに外へ興味を向ける。
街の市場。塔に訪れる客。時々やって来る旅人。
その度に、俺の視線は自然と周囲を掃くようになった。
誰がエマを見るのか。
どれだけ近づくのか。
どんな目で、どんな顔で、エマの笑い声を聞くのか。
「……面倒だな」
思わず、独り言がこぼれる。
本来なら、外が危険であることは事実だ。
魔物もいる。盗賊もいる。好奇心だけで近づいてくる魔術師もいる。
そのどれもが、エマにとっては脅威になりうる。
だから「守るため」という名目は、簡単に成り立つ。
腕輪に込めたのは、位置と状態を常に把握するための魔法だ。
エマの魔力の揺らぎ。体温。脈の速さ。
それらが一定の範囲を超えたとき、俺の手元に微かな痛みとして伝わるようにした。
言い訳はいくらでも作れる。
「安全のため」「魔力制御の補助のため」「体調管理のため」。
だが、本音はもっと狭く、醜く、そして正直だ。
――エマが、どこで何をしているのか知らない時間が、耐えられない。
一週目では“目を離した瞬間”に、エマは奪われた。
二週目では、遠い世界で“手を伸ばせない距離”のまま、エマは死んだ。
三週目で同じ轍を踏むつもりはない。
「……これで、少しはましになるか」
腕輪を掌に載せ、もう一度魔力を流し込む。
わずかな反応の鈍ささえ許せない。
彼女の魂に寄り添うよう、何度も調整を繰り返す。
エマに渡すときは、柔らかく笑ってこう言うつもりだ。
「おまえの状態を把握するための魔道具だ。安全のためだ」
本当は、ただ俺が不安だからだ。
それを口にしない限り、まだぎりぎり、理性の線を超えずにいられる。
エマなら、きっといつもの調子で言うだろう。
「それ、ほとんど監視って言わない?」
可愛いツッコミだ。
その声を聞くためなら、俺はどれだけ重くなってもかまわない。




