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「ここが わたし の世界だよ」と言わせるために

森を渡る風の音が、塔の高い窓を揺らしていた。

夕暮れの空は紫と橙が混ざり合い、

遠くで鳥が巣に帰る声がする。


エマは居間のソファに座り、前の世界の話を続けていた。


「日本の夜景ってね、ほんとに綺麗なんだよ。

 高いところから見ると、光が川みたいに流れててさ……」


言葉だけでも、その光景の輪郭はわかる。

だが、それを実際に見たのは俺ではない。

その景色を隣で見ていたのも、俺ではない。


「でも、ちょっと息苦しくなるんだよね。

 どこまで行っても人工の光で、星もあまり見えないし。

 人も多くて、気を抜くと飲み込まれそうで」


エマはふっと笑う。


「こっちの夜を見たとき、

 『あ、私、好きなのこっちだ』って思っちゃった」


窓の外に視線を向けると、

塔を囲む森の向こうに、夜の帳がおり始めていた。

星々が、少しずつ暗い空に灯っていく。


「日本も好きだったよ。面白いところも美味しいものもたくさんあったし。

 でも……帰りたい場所って言われたら、今はこっちかな」


「……“今は”か」


思わず、言葉が漏れた。


エマがこちらを振り向く。


「ん? どうしたの?」


「いや。……おまえの言葉は、いつも慎重だと思って」


「え、褒められてる? それともディスられてる!?」


「褒めている」


「わかりづらい!」


エマのツッコミが、

冗談半分に空気を和ませていく。


“今はこっちが帰りたい場所”

それは同時に、“いつか変わるかもしれない”という余地を残した言い方だ。


前の世界での癖かもしれない。

何かを断言してしまうと、

それが壊れたときの痛みが、きっと人一倍強かったのだろう。


だからこそ、俺は決める。


言葉ではなく、

環境そのものを“帰りたくなる場所”にしてしまえばいい。


塔を、エマのための場所にする。

結界を張り、侵入者を遠ざけ、

それでいてエマには広い世界を見せるふりをして、

結局はここへ戻ってくるよう、すべてを整える。


エマの笑った声が、ふと耳に届いた。


「ねえリュカ。

 塔の窓から見る森の景色、飽きないね」


「当然だ。おまえが見るための景色だからな」


「……またさらっと重いこと言ったね!?」


「事実だ」


「そういうとこだよ、ヤンデレ魔術師」


そう言いながらも、

エマの口元は楽しそうにゆるんでいた。


日本の夜景より、

この塔の窓から見る夜を好きだと言わせたなら。

あとは、その“好き”を“ここが一番”に変えるだけだ。


やるべきことは、最初から決まっている。


塔の構造を、結界を、魔道具を。

すべてエマのために作り変える。


表向きは「安全のため」。

実際は「帰ってくる場所を固定するため」。


エマがいつか、何の迷いもなく言うその日まで。


――ここが、わたしの世界だよ。


その言葉を、彼女自身の口から聞くために。

俺は今日も静かに魔法陣を描き続ける。


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