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彼女の笑い声。知らない人間たちへの嫉妬

午後の光が斜めに差し込む書庫で、

エマは机に頬杖をつきながら、前の世界のことをまた話していた。


「会社の人たちさ、いい人もいたんだよ?

 飲み会でくだらない話して笑ったり、

 『エマさん、これ手伝いましょうか?』って優しい後輩もいたし」


塔の窓から入る光が、紙の上に長い影を落とす。

埃が光の筋の中で静かに舞っている。


俺の知らない名前。

俺の知らない顔。

それでも、エマが「楽しかった」と言う瞬間、

そこには必ず“誰か”がいた。


その誰かが、ひどく気に入らない。


「でもさー、リア充な子たちを見ると、つい

 『爆発しろっ!』って思っちゃって」


エマが笑う。

その笑い声を、

前の世界の誰かも聞いていたのだと思うと、

喉の奥がきゅっと締めつけられるような感覚になる。


「……その世界の人間は、もうおまえの笑い声を聞けない」


「ん? まあ、そうだね。

 トラックに吹っ飛ばされた時点で、縁は切れちゃったかなあ」


エマはあっさりと言う。

けれど、俺は簡単に流せない。


彼女を知っていた人間たち。

彼女の笑顔を見て、声を聞いて、

すれ違いざまに「あの人、いい人だよね」とか、

そんな軽い言葉を交わしたかもしれない人間たち。


一週目、二週目、

そして日本での年月を含めるなら――

俺より長く、彼女を“見る機会”を持っていた者がいたのだ。


嫉妬という感情は、決して穏やかなものではない。

それでも、一度知ってしまえばもう戻れない。


「ねえ、リュカ?」


「なんだ」


「さっきからちょっと目が物騒なんだけど、どうしたの?」


「……別に」


「別に、って顔じゃないからね!?」


いつもの軽いツッコミ。

エマらしいその言い方が、

逆に胸の底を熱くする。


「その世界の人間たちは、もういない」


「うん、まあ……」


「だが、今から先の時間は、全部ここにある」


エマがきょとんと目を瞬く。


「おまえがこれから笑う場所は、この塔だけでいい」


「えっ、外も笑わせて!?」


「必要ない」


「必要あるよ!?」


エマのツッコミが可愛い、と。

三週目の俺は、素直にそう思ってしまう。


だからこそ、

その可愛いツッコミも笑顔も、

全部、俺だけのものにしたくなる。


日本という世界に対する嫉妬は、

結局、そこでエマを大事にできなかったという“悔しさ”の裏返しでもある。


なら、この世界くらいは――

徹底的に、エマを大事にする側に回る。


誰のものにもさせない。

今度こそ、完全に俺のものだ。



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