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“未来の話”をしたがらない理由
夜。
暖炉の小さな火が揺れる部屋で、エマはふと未来の話をした。
「ねえ……いつか、もっと遠い街に行ってみたいね。
世界って広いんだろうなあ」
リュカの指が止まる。
ページをめくっていた手が、ぴたりと。
「……エマ」
「なに?」
「未来の話をすると……心臓が落ち着かない」
「え……どうして?」
「そこに、俺がいない可能性を考えてしまう」
胸をつかまれたような言葉だった。
「そんな可能性、ないよ」
「わからない。
おまえがどこかへ行くかもしれない。
俺が、おまえに相応しくなくなるかもしれない」
(相応しくないなんて……)
エマは思わず手を伸ばし、
リュカの頬にそっと触れた。
「ねえ。
私はそんなに簡単に未来を変えないよ。
リュカがいる未来しか、想像できない」
リュカは息をひとつのみ込む。
そして小さく、
ほんの少し震えながら言った。
「……なら、俺の未来は……全部おまえだ」
火の色が静かに揺れ、
二人の影が寄り添い、そのまま融けていくようだった。




