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“危ない夢”を見た日のこと
その夜。
エマは夢の中で、前世の会社の廊下を歩いていた。
あの、色のない蛍光灯。
誰にも必要とされない空気。
「また……ここか……」
悲しくなる夢だった。
胸が苦しくて、目が覚めたとき――
リュカがすぐ隣にいた。
「……エマ」
「リュカ……どうして……」
「杖が知らせた。魔力が乱れていた」
エマは胸を押さえ、震える声で言う。
「夢……嫌な夢で……」
リュカは静かにエマの手を取る。
「……夢でも、おまえが苦しむのは嫌だ」
「リュカ……」
彼の手はとても温かくて、
心の奥の冷たさをゆっくり溶かしていく。
「前の世界の何もかも忘れろとは言わない。
だが――その痛みを抱えたまま眠らせたくない」
「うん……」
「おまえが眠るときは、そばにいる」
「そ、それはちょっと恥ずかしい……」
「恥ずかしがる必要はない。必要なことだ」
(必要なのはリュカの方では……)
でも、胸がとても軽くなっていた。




