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塔の屋上、初めての風
塔の屋上は、夜空がすぐ手の届くところにあるようだった。
星々がひとつずつ、冷たい光を落としてくる。
「……すごい」
エマは欄干に手をかけて、思わず見惚れた。
前世では、社員寮のベランダから見えるのは隣のマンションの壁だけだった。
ここは違う。胸が広がるような景色だ。
「高いところが好きなのか」
背後からリュカがやわらかく言う。
風が二人の間を抜け、ローブの裾を揺らした。
「好き、かも……。でもちょっと怖い」
「落ちそうだからか?」
「うん……」
その瞬間、リュカはエマの腰に手を回し、
しっかり引き寄せた。
「落ちない。落とさない」
「ちょっと待って強い強い!」
「……この高さで、誰かに取られる心配がなくていい」
「理由そこ!?」
紫の瞳は、夜空より深く暗く揺れていた。
胸の奥が、また少し熱くなる。




