第3話 父の逮捕と、不自然すぎる証拠
第3話目になります。よろしくお願いします。
翌朝。
わたしは早くから起きて、父の執務室へ向かった。
ヴァレンティン公爵家の廊下はいつもより静かで、
使用人たちの顔からは緊張が隠せていない。
「アリシア様……」
「お嬢様、どうか……」
声をかけられるたび胸がざわつく。
(やっぱり、何か大きく動いてる……)
父の部屋の前まで来ると、
執事のバルトが苦い顔をして待っていた。
「お嬢様……旦那様は、昨夜からご執務室にお戻りで……」
「じゃあ急かして起こして。話したいことがある」
「それが……」
言いにくそうに、バルトは口をつぐむ。
「……旦那様は、王城にて“拘束”されました」
「――は?」
理解はしたのに、言葉が頭に入らなかった。
「拘束って……どういう意味?」
「陛下の命により、反逆の嫌疑で……」
「お父様が!? どうして!? 証拠は!?」
「“証拠の帳簿が見つかった”と……しかし、その……」
「昨日”急に“見つかったの?」
「……はい」
はい、アウト。
(それ、完全に作られた証拠だよね……?)
前世の感覚が、全力で警鐘を鳴らしていた。
•反逆という重すぎる罪
•証拠が突然見つかる
•「昨日、急に」
こんな綺麗すぎる流れ、自然なはずがない。
「すぐに王城へ行く。バルト、馬車の準備を」
「しかしお嬢様、危険では――」
「お父様が危険なんだよ。放っておくほうがよっぽど危険!」
押し切るように言った、そのとき。
「ヴァレンティン公爵家の者に告げる!」
屋敷の正門側から、重々しい声が響いた。
騎士団の一行。
先頭には、見覚えのある銀鎧の男。
王城近衛騎士団副団長、ヴォルフ・ガロッド。
「令状を持って来た! 公爵家の執務室を捜索する!」
「っ……!」
公爵家にアポなしの一斉捜索。
この世界では明らかにおかしい。
ヴォルフはわたしを見ると、わずかに目をそらした。
「アリシア嬢……。殿下のご判断だ。抵抗しないでほしい」
「殿下が……?」
胸がきゅっと痛んだ。
殿下は、わたしの父の無実どころか、
“反逆者”としての処置を進めているというの?
でも、ここで感情的になるのは一番悪手だ。
わたしはぐっと息をのみ、冷静に問い返す。
「証拠は?」
「……不正会計の帳簿と、改ざんされた国境図面だ。
執務室から見つかった写しが、昨夜提出された」
(提出されたって……誰が? 何時に?)
質問したいことは山ほどあるが、
まずは現場を見ないと始まらない。
「捜索に立ち会わせてもらえますか?」
「立ち会いたい? 君が?」
「はい。昨日も申し上げましたが、
わたしには“現場を確認したい理由”があります」
副団長は明らかに困った顔をした。
“悪役令嬢”の前例を知っているから、信用されていないのだろう。
(でもいい。信用なんて後で取り戻す)
レオンハルト殿下の名前を使うべき時かもしれない。
「殿下との面会は後日に決まっています。
その前に、お父様の名誉を守るため、
この目で現場を確認する義務があります」
「……ふむ。ならば、危険のない範囲で」
副団長は部下に頷き、道を開けた。
(よし。第一関門突破)
◇ ◇ ◇
執務室は既に騎士たちに荒らされていた。
書類をどけ、引き出しを開け、棚を引っ張り出し――
鑑識もいないのに、完全に“素人の捜索”。
見た瞬間、胃が痛くなった。
(これじゃ、現場保存なんてゼロじゃん……!)
「こちらが問題の帳簿だ!」
若い騎士が得意げに持ってきた。
わたしは息を整えて、帳簿を受け取らずに尋ねた。
「それ、どこにあったんですか?」
「引き出しの奥だ」
(昨日、私が見たときは何もなかったのに?
つまり“昨日の夜から今日の朝にかけて置かれた”可能性のほうが高い)
「触る前に記録を…」
と言いかけた瞬間。
「記録? なぜだ?」
副団長が眉を上げた。
……ああ、そうだった。
この世界には“捜査記録”なんて概念がないんだった。
「現場を乱すと、本来残っているはずの痕跡が消えてしまいます。
触る前に、魔導写晶で撮影を…」
「そんな回りくどいことをしてどうする?
証拠の帳簿はここにある。公爵の筆跡だ」
…………。
(だめだこの世界。根本からやり直さないとダメだ)
わたしは深呼吸し、空気を変えるように言った。
「副団長。
筆跡だけで有罪にはできませんよ」
「な、なに?」
「偽造という可能性を、考えたことは?」
室内がざわりと揺れた。
この世界の人間は、
“字は本人にしか書けない”と本気で信じている。
だからこそ冤罪が生まれるのだ。
そのとき――
「アリシア様! 大変です!」
リリアが飛び込んできた。
「旦那様が……! 公爵様が、王城にて“魔力封印の鎖”で拘束されていると……!」
「っ……!」
魔力封印の鎖――
それは、重罪人にしか使われない拘束具。
父はもう、裁判を待つ段階ではなく、
“罪人”として扱われている。
(間に合わない……! 状況が悪すぎる!)
それでも逃げることはできない。
「副団長、執務室の捜索はこのまま続けてください。
ただし――必ず“触る前の状態”を魔導写晶に残してください。
殿下にも、後ほど正式に申し上げます」
副団長はためらった。
だが、アリシアの目と態度に押されたのか、
最終的には小さく頷いた。
「……分かった。殿下に報告を上げよう」
(よし……少しはマシになった)
「リリア。馬車を用意して。
わたし、今すぐ王城へ行く」
「アリシア様……!」
わたしはぎゅっと拳を握る。
(父は絶対にやっていない。
だって、もし本当にやってたら――
“こんなに綺麗に証拠が出揃うわけない”)
これは、明らかに作られた冤罪だ。
わたしはゆっくりと言った。
「前世で守りきれなかった“真実”。
今度こそ、絶対に逃がさない」
馬車の車輪が、重く鳴り響く。
わたしの第二の人生は、
ここから本格的に始まるのだ。




