ちょっとした小話「保津川の川下り」
だいぶ前の旅行で体験した出来事です。
ふと思い出したので書いてみました。
えー、一人の人間がですね、長年同じ仕事を続けていて、数十年に一度あるかどうか、という奇跡の場面に遭遇したお話です。非常に光栄なことだと感じたので書き残しておきます。
私は旅行が好きなんですよね。国内だけでもかなり色々なところに行きまして、京都なんか4回行ってます。何回も行ってるのでだんだん行くアテもなくなってきて、3回目には京都漢字ミュージアムとかも行きましたからね。小学生に混ざって漢字の勉強してきました。
そんなわけで4回目にはいよいよ行き先に困ってきて(じゃあ行くなよ……)、どうしようかと考えて、そうだ、保津川の川下りに行こうと思ったわけです。もう5、6年前でしょうか。
さっそくJR嵯峨野線で移動。せっかくなので観光トロッコ列車に乗りました。
ちなみに嵯峨嵐山駅には西日本最大級の鉄道模型もありますが、見応えありましたね。歩道橋みたいなのがあって上から見られるのが嬉しかったです。
亀岡駅に到着、ここからは徒歩で川下りの乗り場へ。
外国人の方が多かったですね。24人乗りの大きな船でしたが7割くらい外国人でした。
さて、保津川といえば川下りで有名ですが、実に2時間の行程と、14キロに渡る長大なコース、風光明媚な景色、時に急流と、川のそばに息づく動物や鳥。
それから「屈強な船頭が見せる操船技術とおもしろトークは絶妙」だそうです(ホームページより)。
そんなわけで乗船。
船頭は3人体制です。常に前後に一人、それと右舷にいて、時々場所を交代します。このとき舷側の狭い部分をトタタッと素早く渡るのも見せ場だそうです。
3人の船頭さんは、三遊亭小遊三みたいな人、桂歌丸みたいな人、そして日焼けした木村祐一みたいな人でした。木村祐一がリーダーと言うか班長のようでした。
そして川下りは始まります。おーこれが夏目漱石の「虞美人草」に出てきたやつかー、刑事ドラマでこれに乗りながら打ち合わせしてるのあったよなーとか感慨にふけりながら乗ってました。
書物を積んだように見える岩とか、カエルのように見える岩。先日の大雨でがけ崩れが起きている場所など、歌丸師匠から解説を受けながら進みます。
この時は水量は普通ぐらいだったそうですが、結構流れの速いところもあり、外国人の方などはワアオと言いながら写真撮ってました。
そして日焼け祐一、じゃなくて日焼けした木村祐一みたいな人は船尾の方にいました。
この方は何と言っても体格ががっしりしてまして、立ち姿も安定してるのですよね。流れの速い保津川でも微動だにしない貫禄がありました。
そしてやはりこの人がリーダーらしく、少し厳しいんですよね。
「すっぽん」
と一言だけ発言して、歌丸師匠があわてて。
「おお、あそこにすっぽんの家族がいますね。ひなたぼっこしております。すっぽんがよく上がっている岩というものがありまして……」
と解説してました。これはつまり。
「(お前あそこに)すっぽん(がいることお客さんに教えてあげないとダメだろ)」
という意味の指示ですね。簡潔に要点だけ伝えるのはさすがですね。歌丸師匠も頑張って。解説わかりやすかったですよ。
さてそんなわけで川下りも終盤。ようやくこの話の本題です。
保津川には特に流れが速いポイントがあり、そこは岩の隙間をカーブしていく難所です。
その際、船頭さんは長い竿を持ち、岩をトーンと突くことで方向転換します。現代ではそこまで急な操船をしなくても岩にぶつかったりしないそうです。これは保津川川下り400年の歴史の再現。当時の船頭の技を見せてくれるイベントなわけですね。
さあここで木村祐一の出番です。さっき言ったように船べりの狭い部分を素早く移動して船首へ。長い竿を持って堂々と仁王立ち、保津川の流れに立ち向かう背中を見せてくれます。
そして歌丸師匠の口上が。
「さあご注目ください。これより三つの岩を通過いたします。その岩にトーンと竿を立てることで船を操るわけでこざいます。この岩は何百年にも渡って竿で突かれたために、竿の跡が穴となっております。その穴に見事に竿を突き立てるのが船頭の腕の見せどころ!」
べべん、と存在しない三味線も聞こえてくる中、いよいよ流れが速くなってきました。
乗客もみんな期待してスマホを構えます。がくんがくんと船が揺れ、いよいよ三連の岩が迫ります。
まず最初の岩、トーンっと勢いよく竿を突き立てます。見事な安定性です。
二つ目の岩、狙いあやまたず竿が吸い込まれます。シャッター音が連続してます。
そして三つ目の岩。岩の上に。
でっけえヘビがいて木村祐一が「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
ってなってましたね。
(おしまい)