5. 最強の魔神vsレイ
「……まさか、本当に現れるとはね。煉獄の魔神、サティス」
レイは静かに杖を構えた。その瞳は冷たく澄み、まず俺を一瞥し、それからサティスに視線を移す。
「お主、妾の契約者を殺そうとしたな……」
サティスの声は甘く低く、しかし確かな威圧を帯びていた。
扇子をひらりと広げた瞬間、黒と赤の魔力が空気を震わせ、村全体の温度が一気に下がった気がする。
「……禍々しい力ね。だが、美しい」
レイは一歩も退かず、淡々と呟いた。焦りも怒りもなく、ただ事実を述べるかのように。
次の瞬間、彼女は杖を振るう。
七重の光陣が宙に浮かび、無数の光の矢が放たれた。
矢は空気を裂き、雷鳴のような轟音を響かせながらサティスへと迫る。
「ふふ……面白い」
サティスが扇子を振るうと、光の矢は一瞬で掻き消えた。
「……今のを防ぐのね。やはり伝説は本物か」
「人間の魔術師風情の攻撃など効かぬ。妾の魔力は、全盛期の十分の一もないぞ」
レイは表情を変えぬまま、次の魔方陣を展開する。
十重に重なる光の陣が、夜空に月光の花のように広がった。
「《テンフォールド・ランス》」
十条の光槍が一直線に走る。
サティスは扇子を閉じ、指先で魔力を弾く。
空気が裂け、二頭の黒炎龍が生まれた。
光槍と黒炎龍が衝突し、爆炎の花が夜空に咲く。
ドォォォォン!!!
轟音が鼓膜を揺さぶり、村全体が震えた。
衝撃波で家の屋根瓦が飛び、遠くで犬が怯えたように吠える。
「ひっ……! なんだよこれ……!」
俺は膝を抱え、ただ震えるしかなかった。
「……本来の十分の一の魔力で、この威力か」
レイは息も乱さず、淡々と分析するように言う。
「ふふ……そなた、やはりこの時代の指折りの魔術師と見受けられるな」
「魔神に褒められるとは光栄ね」
二人は互いに余裕を残したまま、次の一手を探る。
その冷静さが、逆に恐怖を煽った。
サティスが扇子を地面に叩きつけると、漆黒の炎が地面を走る。
炎は蛇のように蠢き、レイの足元を狙った。
「小細工ね」
レイは杖を地面に突き立てる。
瞬間、透明な魔力の膜が展開され、黒炎は弾かれた。
「……ほう、防ぐか」
「この程度、防がせてもらうわ」
淡々と告げると同時に、彼女はさらに五つの魔方陣を展開する。
光の矢、氷の槍、風刃――多属性を同時に展開した。
「なっ……! あれ、全部来るのかよ!」
「ふふ……久々に心が躍るのぉ」
サティスは口元を歪め、漆黒の魔力を周囲に解き放つ。
空気が軋み、地面が鳴動した。
ドガァァァァァン!!!
光と闇が再び激突し、視界が白く染まる。
俺は耳を塞ぎ、ただ生き残ることだけを祈った。
やがて煙が晴れたとき、二人は互いに数歩後退しただけだった。
「「何やってるの、あんたたち!」」
母・シルヴィアが家から飛び出してきて、怒鳴る。
「シルヴィア、すまないな。ちょっと面白い存在がいて、軽く運動していただけだ」
レイがさらりと答えると、サティスはここまでと判断したのか、扇子を閉じて粒子となり消える。
「庭がめちゃくちゃじゃない!」
怒るシルヴィアに、レイは申し訳なさそうに片手を上げ、落ち着いてくれと示した。
(……おい、いくら何でも暴れすぎだろ)
(すまぬ、つい夢中になってしまったわい)
――やがて母が落ち着くと、俺のところへ歩み寄り、一つの提案をしてきたのだった。