3. 魔力無し
八歳の春――。
この年齢になると、ようやく全ての人に備わっている魔力回路が開き、魔力が発現すると両親は言っていた。
しかし、俺には一向にその気配が感じられない。
村の図書館のような古びた館。その埃っぽい空気の中で、俺は古い魔導書を読み漁っていた。
(なぁ、サティス。魔力って実際どんなもんなんだ? 火だったり水だったり、属性みたいなのはあるのか?)
頭の中に、艶のある女性の声が響く。俺にしか聞こえない声だ。
(無論、存在する。この世界では火・水・風・土・雷が基本の五属性。そして特異属性として光、闇が挙げられる。基本は一つの属性が宿る。……そなたの世界でも聞いたことくらいあるだろう)
(アニメとかだと、そうだったかもな)
(ちなみに光は勇者の資質があり、闇は魔王の資質があるとも言われておる)
(お決まりだな)
(だが全くの迷信じゃ。歴代には闇の魔力を使う勇者もおったゆえ、当てにはならん)
(へぇ、それなら闇の魔術師とかかっこいいな)
(結局のところ、大気中に存在するどの属性のマナがそなたの器を選ぶのか……ほぼ運じゃな)
サティスの言葉に、俺はふっと息を吐く。
生まれ持った才能とか宿命とか、そういうものに運が絡むのは、ゲームみたいで理不尽だ。
(そうなのか……。何にせよ、どの属性の魔力が宿るか楽しみだな)
俺は、またひとつ疑問を思い出して口にする。
(そういえば、属性がわからない以上、魔術って最初は何を使えばいいんだ?)
ふむ、と考え込むような気配が頭に響く。
(妾はこの世に生を受けたときのことは覚えておらんし、妾自身は魔術を使ったことがないからの)
(サティスのいた世界は魔法の世界だったもんな)
(ちなみに、この世界は妾が消滅して二千年後の世界じゃ)
「は?」
思わず声が漏れた。周囲の静かな図書館で、本を持つ手が止まる。
(お前……転生じゃないのか? じゃあ何でこの世界は魔法が劣化してるんだ?)
(おや、言ってなかったかの? 魔法が衰退した理由は知らぬが、この世界は確かに妾がいた世界じゃ)
「……先に言えよ」
頭を抱え、俺はため息を吐きながら再び本をめくった。
⸻
その日の午後。
自分の家の小さな庭で、俺は両手を前に突き出した。
「……ディストッ!」
パチッ――
手のひらに、かすかな感触だけが残る。
小さな火花の一つでも出てくれと期待したが、結局、俺の手のひらはただの手のひらのままだ。
ディストとは、全属性共通の超初級魔術だ。
本によれば、まずこれを成功させることで自分の属性を知るのが一般的らしい。
「……やっぱり、ダメか」
周りの同年代の子供たちは、みんな小さな火球くらいは作れている。
俺だって魔力はゼロじゃないはずなのに――。
そのとき、頭の中に艶めいた声が響いた。
(ふむ……落ち込んでおるのか、奏よ)
「……サティス、見てたのか」
(当然じゃ。契約者の成長は常に見ておる。さて――そなたが魔術を使えぬ理由、教えてやろうかの)
「理由……あるのか?」
(うむ。魔力回路は正常。だが――妾の魔力の存在そのものが、空気中のマナを遠ざけておるのじゃ)
「存在だけで……遠ざける?」
(そうじゃ。妾の魔力はあまりにも膨大で、周囲のマナが本能的に近寄れぬ。まるで小魚が大海の主を恐れて逃げるようにな)
「……ってことは、俺にマナが集まらない理由は……お前か」
(ふふふ、そうとも言うのぉ。だが安心せい。妾の魔力はそなたにだけは従順じゃ。そなたは魔神の力をそのまま扱える、唯一の器となる)
「周りから見たら、ただの落ちこぼれだぞ」
(よいではないか。その仮面をかぶったまま力を育て、いずれ世界を驚かせるがよい)
「……ホントにお前のせいだからな」
(承知の上じゃ。では――試すかの? 妾の魔力を少し流してやれば、そなたは初めて“魔法”を使えるようになるぞ)
俺は、乾いた風の吹く庭で、ゆっくりと拳を握った。
胸の奥で小さく、何かが熱くなるのを感じた。