1. 卒業式で事故死した俺、魔神に拾われる
――異世界転生なんて、本当にあると思うか?
俺は、信じていなかった。
勇者になって魔王を倒すとか、魔法で無双するとか。そんなのはラノベかゲームの中だけだと思っていた。
でも、俺――進藤奏は、その日、本当に死んだ。
⸻
3月14日。高校の卒業式の朝。
食卓には、いつも通りの朝ごはん。
母さんはスマホでメイク動画を見ながら洗い物、父さんはもう出社済みだ。
「奏、先に行っちゃいな。お母さん支度に時間かかるから」
「わかった。卒業式で目立つなよ」
「はいはい、わかってるって」
そんな他愛ない会話をして、俺は家を出た。
⸻
校門前はお祭り騒ぎだった。
おめかしした女子生徒、騒ぎまくる男子グループ、カメラを構える保護者たち。
いつもの道なのに、今日だけは少し特別だ。
――そのときだ。
信号を渡り終えた俺の視界に、銀髪の少女が入った。
顔色が悪く、フラフラと赤信号の横断歩道へ。
その先には、大型トラック。ブレーキを踏む気配はない。
「……嘘だろ」
気づけば、俺の体は勝手に動いていた。
少女に飛び込み、押し倒す――
だが、現実はアニメみたいにうまくいかない。
視界が白くはじけ、轟音と衝撃。
地面に叩きつけられた俺は、血の味を感じながら、かろうじて少女を見た。
――良かった、無事……か?
そこまで思ったところで、意識は闇に沈んだ。
⸻
目が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。
目の前には――長い赤髪に、黒と赤のドレスを纏った美しい女性。
「少年、天国に行く前に取引しないか?」
「……あんたは?」
「妾はサティス。少年と同じで息途絶え、今から天国――いや、地獄に行くところよ」
彼女は黒鉄の扇子で笑みを隠しながら、優雅に話しかけてくる。
状況がまったく掴めず、俺はその場で立ち上がり、サティスを見つめた。
「わかる範囲でいいんだが……俺が助けた少女は助かったのか?」
サティスは扇子を閉じ、冷たい表情に変わる。
「妾が記憶に同調した際に、少年の世界を見させてもらった」
「それで?」
「助かったと言えば助かったが、死ぬのも時間の問題だろう。言えるのはそこまでじゃな」
俺の表情は途端に暗くなる。
胸を締めつけるような後悔と罪悪感。
「なあ……俺の死には意味があったのかな」
サティスはため息をつき、手にした扇子を俺に向けた。
「死の意味を誰かに問うな。少年が判断し、行動し、その結果死んだ」
「あぁ……そうだな」
「死んだら人は蘇らない。だから――そこで提案じゃ。妾と一緒に異世界転生する気はないか?」
異世界転生。
アニメやラノベでしか聞かないはずの言葉を、現実で言われるなんて誰が想像しただろう。
「異世界……?」
「そうじゃ。そなたの世界でも聞いたことがあるじゃろ。まさに魔法が織りなす世界」
「魔法の世界か……まるで夢物語だな」
覇気のない俺は、小馬鹿にしたように言った。
「少年、信じていないな? 魔法は実在する。だが、そなたの世界は魔法ではなく科学が進展した。ただそれだけの話よ」
もはや一周回って、どうでもよくなった。
どのみち死んだのだ。騙されたと思って、この話に乗ってみるか。
俺は右手を差し出した。
「本当にそんな世界が存在するなら……是非連れてってくれ。もう死んだ身だ、話に乗ってやる」
嬉々とした笑みを浮かべたサティスも、右手を差し出す。
「いい答えだ。そなたが歩んできた十八年間は決して無駄ではない。妾が証明しよう」
ふと、瞳から涙がにじんだ。
さっきまで人生の門出にいたはずなのに、もう二度とあの世界には戻れないのだから。
裾で涙を拭い、サティスを見る。
「俺、名前言ってなかったな。進藤奏。これから頼むよ」
「進藤奏、良い名だ。妾も改めて名乗ろう。これから行く世界では――煉獄の魔神サティストと言われておる」
プッ、と俺は吹き出す。
あまりにも中二病全開の名前すぎて、笑いをこらえきれなかった。
「人の名前を聞くなり笑うとは……失礼なやつじゃな」
ムッとしたサティスは、扇子で顔を隠す。
「悪い悪い。でも、強そうな二つ名だな」
「実際強いからのぉ。同じ魔神や神でさえ、妾の足元にも及ばんよ」
その言葉を聞き、ふと疑問が浮かんだ。
そんなに強いなら、どうしてサティスは死んだんだ?
問いかけようとした瞬間――足元が光り輝く。
「な、なんだこれ」
「時は来たようじゃ。そなたはこれから生まれ変わる。諸々の説明は後でしてやろう」
疑問を胸にしまいながら、光に包まれた俺の意識は、再び闇に溶けた。