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進路を塞ぐ

記録会――それはただの通過点だったはずだった。

目の前のライバル、跳べない自分。

インターハイまで残り一週間、俊也の心は揺れ続ける。

 タータンが太陽に照らされ、ゴムの焼け焦げたにおいがする。試合前だというのに、関東大会での記憶が蘇り、胸の鼓動が高鳴る。匂いというのは一番記憶に残ると母さんが言っていた気がする。脳の海馬という部位に、”永久に”記憶されるらしい。そんなことを思い出したのも、このタータンの匂いから連想されたことなのだろうか。

 

 トラックでは長距離が行われている。観客からの盛大な声援、きっと同じ高校の同じ陸上部の人たちなのだろう。見えない手で選手の背中を押し、一緒に長距離を走っているようなそんな気がした。


 中学の時、いろいろな種目をしていた。もちろん長距離もやった。本当はやりたくもなかったが、監督から「人数が足りないからやってくれ」と言われて仕方なくやった。大会の時、仁から「がんばれ!」という声が、観客席の最前列から聞こえてきた。その声のおかげで最後まで走りきれたといっても過言ではない。長距離は、「自分との闘い」という言葉がよく似合う種目だ。人間だれしもマイナスなことを思ってしまうことがある。「もうやめたい、やりたくない」そんなことを思ったとき、自分を応援してくれる人の存在は、大切にしたほうが良いと思う。それがきっかけで仁と仲が深まったのだ。応援されるというのは、とても心地よく、心の底から頑張ろうと思えるものなのだ。


「なあ、俊也」


 創大に呼ばれ、現実に意識を戻す。声援だけでなく、たくさんの音がこの会場を包み、騒々しいと思ってしまう。普段練習しているときが静かなのか、通っている学校が隔離されている場所のせいなのかはわからない。それとも、両方のせいなのか。


「お前とまた戦える時が来るなんてな」とニコニコしている。創大は関東大会の時2位だったやつで、俺のライバルである。


「記録会だけど今回は俺が勝つからな!」


 そう言いながら無邪気な笑顔を浮かべる創大を見ると、心の中の闘志が燃え上がる。


「今回も俺が勝つけどな?」


「負けても言い訳なしだぞ!」


―――今回は少しまずいかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎる。


 仁に助走のサポートをしてもらったのはこの数日間だけであるが、技術的には向上したと思っている。しかし、練習で記録を計測した際、今まで跳べていた記録の20cmも低いバーまでしか跳べない。内心、かなりパニックになったが、表情に出ないように仁には隠した。


 まだ、練習の時間だ。なのに、掌から出た汗が、膝に伝う。こんなことは今までになかった。


「そろそろ始まるぞ!」と創大は、目を輝けせている。この時を待っていたと言わんばかりに。自分の自信のなさのせいなのか、返事をすることができなかった。

                   

                     *


 次々と選手たちが跳んでいく。うまく跳べずファールになり失格になるものも多くいた。そんな中、一人だけ、浮いているものがいた。創大である。二回ファールになり、あとがない状況、奴は笑っている。追い詰められている状況を楽しんでいるのだ。そんな顔に見覚えがある。いつその顔を見たのか、思い出せない。だが、創大ではない他のだれかだ。審判の持つ旗が空を切る音で、考えがシャットダウンされた。


「しゃあああ!」


 創大の叫ぶ声が会場に響き渡る。その一秒後だろうか、観客席から「創大!」という歓声があがった。白旗が天に向かって伸びている。どうせそんなに跳んでいないだろうと思っていたが、電光掲示板には『2m13』と表示されている。越されてしまうのか、と呆然としながら思う。頭の中が焦りという津波に押し寄せられた。


「小澤 俊也選手」


 審判員に呼ばれる声で我に返る。頭の中には何もない、すべて波に飲み込まれてしまったようだ。席を立つ脚は小刻みに震え、手も震えている。そんな状態で助走位置へと向かう。「これは記録会、競っているわけじゃない」そうつぶやき、自分を安心させようとした。

 

 一回目、胸の太鼓がハイテンポで演奏される。最初は1m70から跳ぶ。助走は仁から教わったことを意識、順序だてて頭の中で繰り返しイメージ、それを瞬時に体の動きに変換させる。踏切がタンッと軽い音が鳴る。跳躍した後の、空中にいる時間がとても気持ちよく心地いい。着地もうまく成功し、審判の白旗が上がる。


 二回目、さっきよりもゆっくりと演奏される。1m75はパスを選び、1m80へと挑戦する。一回目と同じ意識で臨む。助走は完璧であったが、踏切が合わず、ダンッと少し力が入りうまく跳べた感覚がなかった。空中で服がバーにこすれる。失敗かと思ったが何とかバーが耐えて、白旗が上がる。


 三回目、四回目である1m85、1m90は調子よく跳ぶことができ、成功。感覚もよく、できるじゃないかと自分を鼓舞する。かなり今日は調子がいいと思う。


 五回目である1m95。これはパスを選択し、2m00を跳ぶ。練習では全く跳べなかったせいなのか、バーへの道が空へと飛び立つ滑走路のようにも思えてくる。助走をはじめ、完璧とはいえないが、しっかりと踏み込んで跳躍した。横目に見える、審判の手には赤い旗が掲げられていた。


「大丈夫だ!次!」


 大きな声が会場にこだまする。監督が観客席に立っている。今まで気づかなかった。空気があんなに振動するような声を持つ監督はそうそういない。きっと、何回か声をかけてくれていたはずだ。緊張からくるものなのか、それとも焦りからくるものなのかはわからない。だが、きっとそれらが要因で回りが見えていなかったのである。


「切り替えよう」そう思い挑んだ六回目、またしても赤旗が上がる。もう失敗はできない。そんな考えが頭をよぎった瞬間、また、鼓動が速くなるのを感じる。曲のサビのように一気に盛り上がる。今まではBメロだったのだろう。


 パスを選択するかこのまま跳ぶか、かなり迷った。だが、ここで諦めてしまったらインターハイでは、さらに跳べなくなってしまう気がした。続行する。


 助走位置をしっかり確認し、助走を始める、「腕は大きく!」仁の叫び声が心の中でこだまする。踏切も完璧だ。これは跳べた。そう確信した。砂埃の匂いが体を包み込む。


―――カランッ


 その音に背筋が凍る。すかさず審判のほうへと振り向く。歓喜という名の黄色い感情が絶望という名の黒い感情に飲み込まれていくのを感じる。世界がモノクロの世界へと変わっていった。


 

 その後はほとんど記憶にない。いつの間にか自分の部屋にいた。創大に話しかけられたのか、監督とどんな話をしたのか、仁は来ていたのか、何も覚えていない。ほかの人からしたら ”ただの記録会” 。だが、自分からしたらインターハイ優勝という頂に向かう階段の一つだ。その階段が崩れ落ち、前に進めなくなってしまったのである。


―――あと一週間でインターハイ。


 ベッドに入り、天井を見上げる。天井に今日の出来事がスクリーンに映し出されているような感覚に襲われた。そんな現実から逃げるように視界を閉ざした。


 






 











第七話読んでいただきありがとうございます!

スポーツをやっているとスランプの時期って必ず来ますよね。それをどう受け止め改善していくかが難しいんですよね・・・

このたび、Xを始めました!「如月凛」と調べていただければ出ると思います!投稿の予定日などポストしていきます。また、感想等もお待ちしております!引き続き、夏の分岐をお楽しみください!

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