背中を押す声
今回のお話は、俊也の体調不良をきっかけに、仁が「支える側」としての覚悟を決めるまでを描いています。
夢のかたちは人それぞれ。でも、それが誰かの夢と重なるとき――そこに新たな道が生まれる。
そんな“もう一つの青春”をお届けします。
スズメの声が聞こえる。顔の横に置いてあるスマホの画面を確認する。
〈7:13分〉
『もう朝か』
昨晩、俊也に言われたことが頭から離れず、なかなか寝付けなかった。
――『専属マネージャーになってくれないか』
その言葉が頭の中で何度も繰り返される。まだ、選手として頑張っていきたい気持ちがある。しかし現実を見るともう競い合う楽しさを得られることはないのだ。
「とりあえず学校行こう」
同じことを何度も考えながら仁は学校へと向かった。学校へ着き、教室へ向かう。いつもならその過程の中で必ずと言っていいほど、俊也と会うのだが今日はその姿はなかった。
「今日、俊也休み?」
俊也のクラスへ行きクラスの奴に聞いてみた。
「この時間にいつも来るから、今いないんじゃ今日は休みじゃね?心配なら連絡してみれば?」
「そうか・・・さんきゅ!」
自分のクラスへと戻りながら、ポケットからスマホを取り出す。
昨日の雨で熱でも出したのだろうか。
【俊也、大丈夫か?】
LINEでメッセージを送ったと同時にチャイムが鳴った。
「やべっ」
仁は急いで教室へと戻った。
授業には全くと言っていいほど集中できなかった。昨日のことをずっと考えてしまっていたからだ。ただ時間だけが過ぎていき、すぐに下校時間になった。返信は来ているだろうか。
【いや・・・・・・38.2℃でた】
「え?!」
慌てて【マジで?やばくね?】と返信する。すぐに既読がついた。
「寝てんじゃないのかよ」
【誰かさんのせいで昨日ずぶぬれで帰ったからな笑】
皮肉ったらしく言ってきた。
【昨日はほんとに悪かったと思ってるよ】
【いいんだよ部活頑張って来い】
【今日はオフだぞ熱で頭やられたか笑】
【え?今日火曜日か!笑 なら気を付けて帰れよ】
猫の「お大事に」と書かれたスタンプを送って、スマホをポケットにしまった。
『なんか買ってやるか』
仁は俊也の喫茶店に向かう途中のコンビニに立ち寄り、りんごのこんにゃくゼリーとスポドリを何個か買った。俊也はこれをずっと飲んでるイメージしかない。
関東大会の時に『飽きないんだよね。これ』と言っていたことを思い出す。俺は飽き性だから『こいつすごいな』と思ったことも思い出した。そんなことを考えていると店についた。
まだ「open」と書かれた看板がおいてある。すぐそばに置いてある花壇の花が少し濡れている。きっと、俊也のお母さんが水やりをしてすぐなのだろう。
「いらっしゃいませ」
お店の扉を開くと明るいがどこか落ち着きのある声が出迎えてくれた。カウンターのところにある、ペンダントライトのオレンジ色とマッチする声だ。
「あれ!仁君!今日はどうしたの?」
今度は元気のよいよく通る声で話しかけてくれた。毎回普段の声と仕事モードのギャップに驚かされる。
「今日は俊也のお見舞いに、あいつが良く飲んでるゼリーとスポドリ買ってきました」
カウンター席へと歩きビニール袋をカウンターに置いた。
「あらーありがとう」
「いえ、自分がしてもらったことを、俊也に返しているだけです」
俊也のお母さんはニコニコして言う。
「謙虚だね!うちの子と全然違う!」
ほめられると少しむず痒い。仁は笑って照れていることを隠した。
「俊也いまどんな感じですか」
「熱がなかなか引かなくてね。明日も熱が収まらなかったら病院行ってくるつもり。俊也二階で寝てるから顔見せてあげてね」
「はい」
仁は二階へと向かった。
「俊也はいるぞ」
寝ているかもしれないため少し小さめの声で言いながら部屋の扉を開けた。
俊也がボソッと
「来てくれたんだな」とつぶやく。
「ああ、俺が入院してた時もお見舞いに来てくれたしな」
「じゃあ、俺がお見舞いに行ってなかったら来てくれなかったってことか?」
俊也は寝ぼけながらも少し笑いながら言う。
「それはない。来てなくても行ってたから安心しろ」
そう言いながら、俊也の剝がれかけていた冷えピタを少し強めに叩きながら直した。
「いてっ・・・一応俺病人ね?」
「わりぃわりぃ」
二人で肩を震わして笑った。
「ここにお前の好きなゼリーとスポドリ置いとくから、気が向いたら飲めよ。じゃ俺は帰るわ」
「おう・・・俺は寝るわ」
俊也はそう言って笑った。仁はドアを開け「じゃあな」と言いながら部屋の外へと出た。
仁は一階へと降りる階段で下りながら感じた。誰かを支えるという楽しさを。
一階へと戻ると俊也のお母さんがコーヒーを入れていた。
「すみません今日はありがとうございました」
仁は会釈をして、お店の出口へと向かった。
「まって」
思っていた言葉とは違う言葉が返ってきて、仁は少しドキッとした。
「少し話していかない」
どうしたのだろうか。いつもの笑顔があふれた顔をしておらず、真剣な面持ちだ。
「・・・はい」
「昨日あなたたちここで言い争いになってたのを聞いちゃったのよ」
ドリップコーヒーをカウンターのテーブルに置いたあと手で座ってというジェスチャーをしながら言った。
「すみません。お見苦しいとこを見せてしましました」
「いいのよ。若い時は喧嘩してなんぼでしょ?」
少し笑いながら言う姿に申し訳ないという気持ちがあふれてきて黙り込んでしまった。
「あなたが出て行って雨が降り出したころ、あの子すごい慌ててあなたを探しに行ったのよ」
「・・・・・・そうだったんですね」
ということは一時間くらい俺のことを探していたのかもしれない。あれだけ強い雨だったのだ高熱を出してもおかしくない。
「あの子と同じくらい雨に打たれたはずなのにあなたは熱を出さなかった・・・健康管理がしっかりしているのね。アスリートとして素晴らしいことだと思う。あの子とあなたの差ってそこにあると思うの。あなたは一人暮らしで何もかも自分一人でやってきた。あの子は自分一人では何もできないから自分の体のこともわかってない」
「そんなことは・・・」
そんなことはないと言おうとしたが俊也のお母さんが遮った。
「息子が、帰ってきてからニコニコしながら言ったの『あいつとの夢はまだ終わんないぞ』って、そんな姿を見たら、たまらなくうれしくて、でもなぜか涙も出てきた」
「あいつそんなことを・・・」
「マネージャーになってくれて言われたんでしょ?」
俊也にすべてのことを聞いたようだ。
「・・・はい。でも、選手としてまだあきらめられない気持ちもあって・・・」
マネージャーになることももちろん考えたが、やはり一番最初の夢である”俊也と一緒に選手として日本代表になる”というのがどうしてもあきらめきれない。
「そうよね・・・でもね、選手として部活を続けて行っても、マネージャーとしてこれから新たな道を歩んでいくにしても、これだけは覚えておいて。私はあなたと血がつながっていなくても、仁と俊也という二人の息子をこれからもずっとそばで見守っている。あなたは決して一人じゃない。だから、一人で抱え込まずに、私たち家族を頼って」
仁はコーヒーに移る自分の姿をみて驚いた。目から大きい雫がボロボロと溢れてきた。
たくさんの人に支えられているのだとここで初めて気が付いた。仁は覚悟を決めた。
「マネージャーになります!そんで、あいつを世界一にします!」
「それでいいの?」
「はい・・・もう俺の足じゃ地区大会も勝てないのが現実ですし、それに、『お母さん』のおかげで覚悟が決まりました」
お母さんと言われたことに驚きを隠せなかったのか、しばらくの間固まっていた。
「お母さん?」
もう一度話しかけると目に涙を浮かべていた。
この数日間は時間のたったコーヒーのように酸っぱくでもどこか甘みがあるそんな出来事であった。
第五話!最後まで読んでいただきありがとうございます!
仁と俊也の関係が、ここで一つの大きな転換点を迎えました。
どんな形であれ、夢を支え合える――そんな関係って、すごく素敵だと思いませんか?
次回の更新は、少し間が空いてしまうかもしれません。
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