夢に靄がかかった日
この先どうなるのか気になるような内容です。話がここから展開していくため読んでいただきたい内容です。
投稿日から1週間以内には更新できるようにしていきます!
遠くに仁の姿が見える。どうやら短距離選手はクラウチングスタートの飛び出し練習をしているようだ。
「頭を上げるな!」
監督の怒号が聞こえる。仁も頑張っているのだ、俺も頑張らなくては。
「今日は補強トレーニングだ。踏切強化を目的としたスクワット、ジャンプスクワット、ボックスジャンプ、最後に股関節ストレッチ、背中の柔軟体操を行ってもらう」
そう声掛けをするのは副顧問の米山先生だ。
先生は昔、走高跳を専門にしておりインターハイベスト16の成績を残したことのある人だ。この3年間でここまで上達したのもこの先生のおかげだ。恩師といってもいいだろう。
「追加で俊也!少し残れ。それ以外の奴は補強はじめ!」
「はい!」
後輩たちの声が校庭に響いた。
「俊也!早く来い!」
「すみません。で何か要件があるのですか?」
「ああ、お前は高跳びの才能がある。本当にU20に選ばれるかもしれない。俺の友人で日本大学に進学したやつがいてな、そいつは今大学でコーチとして働いている。ぜひお前に大学の練習に参加してほしいと言っているんだが興味はないか?」
「本当ですか?!ぜひ、行ってみたいです!」
「わかった。日程が分かり次第また伝える」
もしかして、関東大会の時に見に来ていたのだろうか。
「あああああ!」
遠くからだれかの叫び声が聞こえた。叫び声のほうを振り向いたとき、足を抱えて倒れている人が見えた。誰だろうか。その人のことを大勢で囲んでいるため誰が倒れたのか認知できなかった。
「救急車を呼んでくれ!」
監督がこっちに向かって叫んだ。嫌な予感が脳裏によぎる。
「はい!」
考えていても仕方がないため、部室へと走りカバンの中のスマホを取り出した。なぜだろうか、手が震
えてきた。うまく番号を打てない。
ガチャ
部室の扉を開ける音がした。
米山先生だ。
「スマホかせ!」
先生は俊也のスマホで救急車を呼んだ。先生はそのあと、黙り込んだまま部室を出て行ってしまった。
3分くらいたったころだろうか、救急車の音が近づいてきた。まだ手の震えが止まらない。だが、急いで戻らなくては。
部室を出た瞬間、雨が降ってきた。部活開始前の積乱雲がこちらに流れてきたのだ。それと同時に、救急車が学校に入ってきた。ストレッチャーを持った救急隊員が救急車から出てきている。
「こっちです!」
監督が誘導している姿が見える。
救急隊員がけが人をストレッチャーに乗せた。まだ見えない。大丈夫だ。そんなはずはない。
俊也は校門近くに止めてある救急車のそばまで行くために歩き出した。生徒たちが校門前や校舎から何事かとこちらを見ている。
救急隊員と監督が小走りでストレッチャーを運んできた。嫌な予感は的中した。仁だ。うすうすと感じていた。今までの出来事で仁はどこにも見えなかった。叫び声も酷似していた。だが、認めたくなかった。そんなはずはない。大丈夫だ。そう思うたびに恐さがあふれてきた。
「仁!!」
声は出る。でも脚が動かない。あと少しなのに。そうこうしているうちに、救急車は仁を乗せ監督とともに病院へと走り出してしまった。
仁は大丈夫なのだろうか、陸上は続けられるのだろうか、という不安感。そして、親友のもとへ駆けつけられなかった悔しさ、自分への怒り。俊也の中でたくさんの感情が入り混じる。
「あああ・・・ああああ・・・」
土砂降りの雨が顔を打つ。雨なのか、涙なのか、もうわからなかった。しゃくりあげる声だけが自分が泣いているのだと感じさせる。
「今日の部活は中止にする!雨が強いから気を付けて帰るように!」
米山先生の声だ。
「おい俊也!明日病院に行くぞ。明日に備えて今日はもう帰って寝ろ」
「はい・・・」
どんな顔して帰ればよいのだろうか。母さんに心配をかけさせてしまうのではないだろうか。そんなことを考えながら部室へ荷物を取りに行き、駐輪場へと向かった。自転車を漕ぎ始めてすぐのはずなのに、いつの間にか家についていた。
店前の『OPEN』と書いてある看板に水滴が滴っている。ここもかなり雨が降ったのだろう。お客さんはいないようだ。店の窓ガラスごしにコーヒーを入れる母と目が合った。水浸しの俊也を見るなり急いで店のドアを開けた。
「おかえり!ずぶぬれじゃん!お風呂入ってきな!出てきたらホットコーヒー淹れてあげるよ!」
「ただいま・・・ありがとう・・・」
とりあえずお風呂に入ろう。母さんに今日の出来事を知らせるべきだろうか。そんなことを考えながら
お風呂へ向かった。
お風呂から上がると着替えが用意されていた。そういえば何も準備せずに入ったのだった。着替えていると店の中からものすごくいい匂いがしてきた。コーヒーのほかにもアップルパイのにおいがする。着替え終わりお店の中に向かうと
「用意できたよ」
と母さんが言いながら外にある『OPEN』の看板を『CLOSE』の向きに変えに行った。
「ありがとう」
「冷めないうちに食べな」
「うん、いただきます」
やはり、母さんの作る料理とコーヒーは格別においしい。アップルパイは初めて食べる。サクサクの生
地に、シナモンのきいたリンゴのコンポートがとてもおいしい。
「アップルパイはね新作で出そうと思っててね、感想を聞きたいな」
「すごいおいしいよ・・・」
そういうとなぜかまた涙があふれてきた。
「どうしたの?」
母さんが慌てながら言う。
「今日さ・・・」
涙と嗚咽のせいでうまくしゃべれない。
「ゆっくりでいいから」
30分ほどかけて今日起きた出来事を話した。話したからだろうか少し気持ちが楽になったような、そ
んな気がする。
「そんなことがあったの」
「うん」
「きっと大丈夫よ、また走れるから、だって一緒にインターハイに出るんでしょ?だから大丈夫」
「そうだよね、あと明日先生と監督と一緒に仁のお見舞いに行くんだ。このアップルパイ持って行っても
いいかな」
「もちろん!飛び切りおいしいの作るね!」
その時ちょうど12時の鐘が鳴った。
「お店手伝うよ」
「ありがとう。なら最初に看板変えてきてくれる?」
「わかった」
看板を変えてから10分くらいしてからお客さんが6人ほど来た。親子連れや老夫婦、大学生などだ。
そんなお客さんたちと雑談をしながら仕事をこなす母の姿がとてもかっこよかった。
5時間くらい手伝っただろうか、とても疲れてしまった。
「ありがとう!助かったよー。もう部屋戻っても大丈夫」
そういわれ、俊也は部屋に戻った。部屋の中はとても静かで、今日は一段と孤独感があふれてきた。そ
う思いながらベットに倒れこむ。
世界が黒いインクに染まるように、視界が閉ざされた。
2エピソード目読んでいただきありがとうございます。
話の構成はある程度決まっているためテンポよく更新できると思います。
次回はお見舞いに行く日そして仁の容態について執筆していきます。