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恋はエンドレス  作者: 弓 ユカミ
7/10

ミステリアスな女

僕は桜井莉子と向かいあった。僕は桜井莉子のその美しさに見とれていた。ぱっちりとして黒目が大きい眼、長いまつ毛、厚ぼったい唇、ピンクに染まったセミロング(うちの高校は髪色は自由だ)。特にその眼にじっと見つめられると、大抵の男は恋に落ちるだろう。僕は切井さんを好きな気持ちがあまりにも強いので、そう易々と恋に落ちることはない。遠めから眺めて「美人だな」とつい口に出す程度でおさまっている。あっちにもこっちにも好意を示していたら、いずれあっちからもこっちからも好意が返ってきた時にほとほと困る可能性が出てくるからである。無論、そんなことは起こりえるわけがないのだが。

それにしても、僕と桜井莉子とは接点がクラスメートということ以外全くない。なぜ僕の名前を知っているにしても、覚えているのか、ちっともわからない。話しかけられたのは今が初めてである。ゆえに僕は動揺している。一体全体僕は桜井莉子に覚えられるほど、何か象徴的なことをしでかしたのだろうか。しばし考えたものの、特にこれといって思い当たることはなかった。僕は不思議に思った。動揺がそれに追従するかのようにおさまった。

桜井莉子はなおも微笑みを絶やしてはいなかった。僕が口を開くのを待っているみたいだった。風でピンクのセミロングが揺れた。桃色のリュックを背負っていた。

僕はまだ考えていた。いや、やっぱりおかしいのではないか。こんな美人が同じクラスメートってだけでも幸運なのに、さらにその美人が声をかけてくるなんて、今日の運勢は大吉か?はたまたこれは大凶か?これから僕と会話して僕の切井さんのことを好きな気持ちを削いで僕を困惑させようという魂胆か。僕を困惑させるとは、桜井莉子め、なかなかの策士じゃないか。だが、僕にはそんな魂胆はまるっと見え見えだ。だからそう簡単にその手にはのらない。いいや、乗るもんか。乗ったら負けだ。僕は一途を固辞している。これだけは譲れない。僕はやっぱり切井さんのことが好きだ。

僕はようやく口を開いた。「やあ、桜井さん」

桜井莉子は微笑みをいっそう強めた。「お疲れ様……私の名前、憶えていてくれたんだ。嬉しい」

僕は眼前の目一杯の微笑みにひるんだ。だが、すぐに持ち直した。「お疲れ様……当たり前じゃん、同じクラスメートだし、なんたってこんな美人の名前を把握しそこねるわけないよ」

桜井莉子は「ありがとう」と言って髪を手櫛で梳いて視線を明後日の方向にそらした。

僕は思わず口をおさえた。「美人だ」とつい口に出そうになったからである。美人美人と連呼するのもどうかと思って口おさえたが、よそ目には吐き気をこらえているようにしか見えなかっただろう。

桜井莉子とまた視線がつながった時、桜井さんは心配そうに「大丈夫?」といたわってくれた。

僕は「大丈夫、なんでもないから」とさも何事もなかったかのように言った。そして、口から手を放した。

それから、三十秒ほど沈黙が続いた。僕はこめかみに指をやり、ぽりぽりと掻いて、視線を下げた。桜井莉子は可愛らしい靴を履いていた。どこのメーカーだろうと僕は思った。ロゴは見当たらなかった。

僕は視線を上げた。桜井莉子は特にこの沈黙に耐えきれないという様子はなく、スマホをポケットから取り出して操作していた。

僕は話題を一生懸命探した。話題をふることができないと、駄目だと頭ではわかっていても、いざ女の子を前にすると、何を話したらいいのか、何を話したらいけないのか混乱してわからなくなる。こういう場面に遭遇してつくづく僕はコミュニケーションに関してはからっきしなのだと思い知らされる。「はあ」とため息をつこうとして、また口をおさえる。危なかった。桜井莉子はスマホに夢中で見ていない。もし、ため息を臆面もなく漏らそうものなら、相手が、自分といるのはつまらないからため息をついたんだと勘違いする恐れがあった。本当に危ないところだった。危機一髪で勘違いを免れた。

僕が勝手にあたふたし始めた。どうしよう。話題がいっこうに見つからない。いっそのこと桜井莉子の方から話しかけてくれればいいのにと願った。桜井莉子はスマホをポケットにしまって、僕と目をわせた。

僕はいよいよ瀬戸際に立たされた。ここでむっつりとで黙っていたら、会話が下手な奴だと認定される。それだけは避けたい。どうにかこうにかして言葉を紡がなければ、せっかくの機会を台無しにてしまう。

僕は頭をフル回転させて、ようやく話題を絞り出した。

「学習室に桜井さんもいたの?」

僕は恐る恐る桜井莉子の顔色をを窺った。地雷を踏んだか?

「いたよ~。神島君が入ってきた時に『お!神島君だ』と思ったもん」と桜井莉子は若干上ずった声で応じた。

僕はいつの間にか出ていた冷や汗をぬぐった。桜井莉子が寛大で助かった。下手したら、「なんで?私、最初からいたじゃん」と不機嫌になる可能性が大いにあった。危ない、危ない。

「そうなんだ、気づかなくてごめんね」と僕は謝った。

「いいよ~。気づかないことだってあるよ」と桜井莉子は微笑んだ。

「桜井さんは何の勉強していたの?」と僕は突然頭に降ってきた質問をそのまました。

「え~とねぇ……英語の課題かな。神島君は?」と桜井さんは質問を返してきた。

「僕は勉強ではなくて……執筆をしていたんだよ」と僕はなぜか照れくさくなりながらも、ぼそっと言った。

「執筆?」と桜井さんは首を傾げた。

「えっと、僕は文芸部に所属しててさ、主な部活動として小説や詩の創作があるんだよ。今日は部誌に載せる小説の原稿を書いてたんだよね」と僕は興奮せず、なるべく平静になるよう努めた。

「すご~い。私、読書感想文とか評論問題でも文章を書くの苦手だから、そういう小説とか詩とか書ける人、尊敬しちゃうな」と桜井さんは目をキラキラさせて言った。

「読書感想文とかは僕も苦手だよ。なんというか小説を書くときは自分の好きな言葉をたくさん使えるから、制限やしばりがなくていいけど、感想文とかは決められた言葉しか使っちゃいけないような雰囲気を感じるんだよね。そこが嫌で感想文とかは小説の文章をとにかく引用しまくって、枚数を稼いでいたな。最近の子は宿題代行なんてものがあるから、うらやましい限りだけど」

「わかる~。私もそうやって枚数稼いでいたな~。宿題代行サービスはどうかなって思うけどね。宿題を丸投げしたら、怠け癖がついちゃいそうだし、やっぱりなんにせよ課題に取り組むことは後々社会に出てから活きてくると思うから。私は嫌でも全部きっちりこなしたいタイプだし」

「真面目だね」と僕は当たり障りのないように言った。

「当たり前のことじゃない?」と桜井莉子は片手で髪を耳にかきあげながら言った。

「そうか~当たり前か~」と僕は納得したように言った。

桜井莉子はスマホをまた取り出し、「ファンが迎えに来る時刻になったから、またね。今日は話せて良かった」

「ファン?」と僕が尋ねたとき、桜井莉子は「ふふふ」と笑って濁した。

桜井莉子は僕の横を通過し、とことこと歩いてその場を去った。

僕は彼女が通過した後、振り返り、その後ろ姿を見てこう思った。

(ミステリアスな女だ)と。

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