呼び出し
僕は職員室の引き扉の前に立った。そして、扉を三回ノックした。「失礼します」と僕は言った。僕は引き扉をがらがらと横に引く。「朝比奈先生、いらっしゃいますか?」と僕は訊いた。すると、返事が返ってきた。「いますよ。神島君、入ってらっしゃい」と朝比奈先生の穏和そうな声が聞こえた。僕は朝比奈先生をきょろきょろと探し、見つけると、つかつかと朝比奈先生の机まで歩いた。朝比奈先生は銅色みたいな茶髪のショートボブで目は優し気な瞳をもっているが、力強い目で鼻はちょっと尖っていて、唇は薄いピンクだった。僕は朝比奈先生を見て、きれいな人だな思う。まさしく女優顔だ。だが、僕は先生に惚れるということはない。なぜなら先生は結婚し、子供がいるからだ。また先生は文芸部の顧問だ。僕は文芸部に所属している。夏休みというこの貴重な期間に僕は先生から呼び出しをくらい今に至る。
「こんにちは。神島君。汗でびっしょりね。ここまで来るのに暑かったでしょう?」と先生がねぎらうように言った。
「ええ、そりゃもう暑かったですよ。炎天下、ハンカチで汗をぬぐいながらせっせとここまで来ましたよ。先生、酷暑の中生徒を呼びだすなんてそりゃあまりにも酷でしょう?」と僕は言った。
「そうね、少し酷だったと反省しているわ。でも、神島君、あなたが悪いのよ」と先生が言った。
「僕が?なぜです?僕はいたって品行方正ですよ」と僕は冗談めかしく言った。
「いいえ、品行方正ではないわ。なぜか。それはあなたは六月号、七月号の部誌に関して、部員であるにも先輩であるにもかかわらず、原稿すら書いてきていないじゃないの」と先生はぴしゃりと言い放った。
「やっぱり、その件についてでしたか……」と僕は肩をすくめた。
「ええ、そうよ。私が文芸部の顧問である以上、半端ものは認めませんからね。そこんところ、よく留意しておくように」と先生はきっぱりと言った。
「はい……」と僕はうなだれた。
「とりあえず、夏休み中に九月号の部誌の原稿を持ってきてちょうだい。もし持ってこなかったら、担任の先生に神島君の怠惰を報告しておきますからね」と先生は整然とされた机に向き直り、机上にあるパソコンをかちゃかちゃと打ち始めた。
僕は腕をだらりと下げ、とぼとぼと歩き、引き扉を引くと、職員室をあとにした。