席替え
僕はがやがやと騒がしい教室に辿り着いた。教室に入ると、黒板の前にはクラスメートの人だかりができていた。僕は気になってその人だかりの方へと近づいた。人だかりの間から僕は黒板を垣間見た。黒板には座席表が棒磁石で留められていた。人だかりからは、女子の落胆の声や男子の歓声が上がっていた。僕は自分の名前がどこにあるのか探した。席は真ん中にあった。縦二列目の横三列目といったところか。僕は胸がどきどきしてきた。いったい隣席のクラスメートは誰なんだろう。切井さんだったらいいな、という僕の期待は膨らんだ。僕は隣席が切井さんであることを切に願って隣席のクラスメートの名前を見た。「落合真雪」。落合真雪?僕は、そんな人いたっけな、と記憶の糸を引っぱったが、それらしき人物は思い当たらなかった。切井さんではなかったという失望が後から胸にこみあげてきた。くそぅ、と僕は心の中で舌打ちをした。だが、まあ、いい。切井さんに近づくのに隣席である必要性はない。切井さんに近づく機会を常に窺ってさえいれば、そのうち機会は訪れるというものだ。僕は切井さんの席も確認した。切井さんの席は窓側の、後ろの、一番端の席だった。僕は心の中で舌打ちをした。切井さんの横顔がこの配置じゃ盗み見れない、と思った。いちいち見るのに後ろを振り返らなくちゃいけない。そんなことをしたら、クラスで目立ってしまい、とてもじゃないが、非現実的でできっこない。僕は切井さんの隣の席の男子の名前を見た。あまりぱっとしない、地味な男子の名前が書かれていた。とりあえず安心した。ここで陽気な、元気溌剌とした男子だったら、切井さんに遠慮なく話しかけて、ともすれば、カップル誕生となりかねない。そもそも切井さんに彼氏がいない前提の話にはなるが。いや、いないだろう、いたら、切井さんのことだから風の噂になりかねない。しかし、そんな噂、耳にしたことがない。きっといないだろう、僕はそう信じたかった。希望的観測だ。切井さんみたいな美人、彼氏がいないわけないじゃないか、そういう意見ももちろん度外視しているわけじゃない。ただ、その意見を取り入れて切井さんのことを諦めてしまうと、僕はこの恋心を水泡に帰してしまう。この恋心を僕は大事にしたかった。この恋心が今の僕の原動力に他ならないのだから。
僕は後ろを振り返り、切井さんの席の方を見た。切井さんは席に座って、そばで立っている女友達と駄弁っていた。切井さんのその艶々しい、長い黒髪、小さな顔、その小顔には、優し気な、柔な光を放っている少し大きな、目尻が奥まった長い目、すらりとした鼻、薄い、ちょっと赤い唇、端正な耳、白い肌、姿勢の良さはまさに僕が一目ぼれした原因だった。切井さんはその女友達と楽しそうにしゃべっていた。僕はなんだか微笑ましい気持ちになり、ぼんやりと切井さんを眺めていた。だが、その視界を龍斗が目の前に現れたことによって遮られた。
「隆一、俺の隣の席見たか?」と龍斗は上ずった声で尋ねた。
「見てないな」と僕は正直に言った。
「俺の隣、なんと姫川さんなんだ!」と興奮した様子で龍斗は言った。
「なんだって!?:」と僕は驚いた。
姫川さんは学校一美少女と目される、惚れ惚れするようなクラスメートだ。男子の誰もが(もっとも僕は除いてだが)熱望する、姫川さんの隣をまさか龍斗が勝ち取るなんて、僕は、思わず拍手した。
「おめでとう、もしかしたら龍斗の彼女は姫川さんになるかもな。そうなったら、鼻高々だな」
「よせよ。まだそこまで考えちゃいねえ。今はまだどうやって、あの難攻不落の姫川さんを口説こうかそれだけで頭いっぱいなんだから」
「口説く……なかなか険しい道だな」
「これは険しい道なんてものじゃない。険しい山だ」
「確かに、山だ」
「隆一の隣は誰だった?」と龍斗は訊いた。
「いや、それがさ、知らない女子なんだよ」
「美人が多いこのクラスでそんな女子いるのか?」
「落合真雪っていうんだけど……」と僕は若干声をひそめながら言った。
「落合真雪……」と龍斗は首を傾げ、顎に手を当て、宙を見ていた。
数秒後、龍斗は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ!知ってるぜ!」
「声がでけえよ」
「すまんすまん。ついつい。あれだろ、髪が結構短い子だよ。ベリーショートの」
「いや、そういわれても、ピンとこないな」
「このクラスにいると華々しい美人ばかりに目が向きがちだが、落合さんも結構可愛いほうだぜ」
「そういわれると、どんな顔なのか気になるな」
「いや、べらぼうに可愛いってわけじゃねえってことだけ言っておく。あんまりハードル上げすぎるのもどうかと思うからな」
「まあ、淡い期待だけは抱いておくよ。もしかしたら、龍斗が言う以上に可愛いかもしれないしな」
「そうだな。淡い期待で十分だな」
数分間、僕と龍斗はしゃべった。ほどなくして、朝比奈先生が教室から入ってきた。
「は~い、みんな席についてちょうだい」と朝比奈先生は声を張り上げた。
僕含むクラスメートはぞろぞとろ席に着きだした。僕は席に座り、隣席に座る落合真雪がどういった容姿をしているのか、淡い期待を抱きつつも見ていた。僕の胸はいつの間にか高鳴っていた。ああ、僕には切井さんがいるというのに、なんてざまだろう。裏切ったような背徳感が僕を襲った。だが、僕はその背徳感をすぐさまうちやって、落合さんを早く見たい思いに駆られてうずうずした。いったい落合さんはどういった人なのか。気になって仕方がない。ベリーショートの子。それしか情報がない。だが、その情報だけで想像が膨らんだ。きっとベリーショートの似合う女子なんだろう。ベリーショートはなかなか女子だったら勇気がいるに違いない。僕はじりじりしながら数秒間待った。
そして、とうとうついに落合真雪が席に着いた。僕は落合真雪をじっと見つめた。




