第93話 親子の対面
ドガ将軍が拘束された日の夜、セリアは、王太子との情事の後に、彼に体を密着させたまま進言した。
「殿下、今回の敗戦の責任は誰だかお分かりですか? ドガ将軍やタレーラン侯爵など無謀な戦を仕掛けた貴族にあります。ドガ将軍は死罪、そして見せしめとして、戦死した貴族の家名は断絶させ、王家が領地を接収すべきです」
エドワードは、セリアの熱に浮かされたように、その進言を了承した。彼の耳には、妻の甘い声と、彼女が約束する「正義」の執行という言葉だけが、真実として響いていた。
翌日、摂政エドワードの名により、ドガ将軍の死罪と、死亡した貴族の家名断絶、そして領地の接収が宣言された。この過酷な断罪に、貴族たちの動揺は凄まじいものがあった。
確かに無謀な戦いは非難されるべきであった。しかし、王命を命がけで守った貴族が家名断絶に処されたという事実をつきつけられた結果、「王命など、もはや守るべきではない」という考えが、貴族全体に急速に広まっていった。
そんな中、ジュノイー侯爵は自兵を領地に戻し、僅かな供回りとともに王都に戻り、王太子と面会した。
「この度は、私の不徳によりこのような結果となり申し訳ございません」
「そのようなことを申したのは卿が初めてだ。顔を上げてほしい」
叱責を覚悟していたが、どうやらセリアが事前に手回ししてくれたようだ。侯爵は、その瞬間、重い鉄の鎖が外れたような安堵を覚えた。王太子との面会後、彼はこの安堵を娘が仕組んだことを理解しつつ、娘の元へと向かった。
いつものように老執事のアルビンが侯爵を出迎え、深く一礼した。アルビンは無表情だったが、その背後には、彼が完璧に統制している王宮の闇が潜んでいるように感じられた。侯爵が部屋の中へ入ると、ソファーに優雅に座るセリアが声を掛けてきた。
「おかえりなさい。お父様」
「散々な目にあったぞ。どうやって撤退しようかと思っていたのだが、ブローリ公爵が先に撤退してくれて助かった」
「でも、撤退を決断するとは、公爵にしては思い切ったことをしましたわね」
「対陣するだけでも、金がかかる。どこの貴族も苦しいのだろう」
当然、二人は両公爵家が手を結んだことは知らない。
「お父様、決めました」
「何をだ」
「私が、全面に立ちます。人気のないお馬鹿さんを担いでも仕方ないですわ」
セリアは、現状を冷静に査定した。ミレーヌという強敵が無傷で存在する一方で、貴族たちは動揺し、命に従わない。この状況で、感情的な暴走を繰り返す王太子にカッツー王国の統治を任せるのは、自滅行為に等しい。彼女は、再び計画の修正を決断した。
「殺すのか?」
「それだと、貴族たちが付いてきませんから、隠しちゃおうかと」
「そうか……陛下はどうする?」
「先に退場していただきましょう」
改めて退場という言葉を聞き、侯爵の喉が渇きを覚えた。不敬を超えた大罪であるが、今さら元へ引き返すことなど不可能であった。
「わかった。私はどうすれば良いのか?」
「懇意な貴族を増やしていただければ大丈夫ですわ」
「無茶するなよ」
「お父様もね」
こうして、戦後の親子の対面は幕を閉じた。戦場から無事に帰還した父とそれを案じる娘の感動の対面などではなく、陰湿な謀議の確認に他ならなかった。
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