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第82話 戦いの前

 ジャックが率いる軍四千名が城壁都市ロサークに到着したのは、領都を出発してから五日後のことであった。出迎えた守備隊長から報告を受けた後、ジャックは迷わず城壁の頂へと向かった。

 城壁の上からは、戦争が間近であるとは信じられないほど、静かで穏やかな景色が広がっていた。しかし、ジャックの脳裏には、数日後にはこの平原が敵の大軍によって埋め尽くされる光景が焼き付いていた。

 すると、副官のジルダが駆け上がってきた。



「先ほど、斥候から報告がありました。四十キロ先に集合地点を確認し、大よそ二万五千以上はいるとのことです」

「やはり、お嬢様の言うとおりか」


 会議でミレーヌが言い放った『やる気ないでしょうから半分程度』という言葉を思い出したジャックは、思わずつぶやいた。


「なんですか?」

「いや、なんでもない。斥候を増員しろ。動いたら四日で来るぞ」

「承知しました」


 ジャックは、改めて城壁都市を囲う城壁と、その外側に新たに設けた空堀と土塁に目を向けた。この防御施設と新型銃の火力が、数的不利を覆す最大の武器となる。彼はミレーヌの先見の明に改めて感嘆し、必ず守り切る覚悟を固めた。



◇◆◇◆


 ゲオルグ率いる傭兵団と自由兵の混成部隊は、領都から西北西の方向に約四十キロの地点に位置するライデックという町にたどり着いた。すべての兵を受け入れることができないという物理的な理由と無用な混乱を避けるという軍の規律上の理由により、ゲオルクは、兵を郊外で野営するように指示した。そして彼は副団長のレジスを連れて、ライデックの代官へ挨拶に向かう。途中でレジスが問いかけてきた。


「珍しいですね。団長が率先して挨拶行くなんて」

「仕方ねぇだろ。当面はここで野営するから不審がられても困るしな。それにレベッカ嬢に必ず挨拶するように言われたんだから」

「もしかして団長、レベッカ嬢のこと気になってるのでは?」


 するとゲオルクは立ち止まり、真剣な顔でレジスを諭した。


「レジス、一つだけ言っておく」

「何でしょうか?」

「あの女ヤバいぞ。手を出したら人生破滅すると思えよ」


 驚いたレジスを背後に、ゲオルクは代官の屋敷に向かう。置いてけぼりになったレジスは慌てて彼を追いかけた。



◇◆◇◆


 要塞都市ガレルッオに到着したミレーヌは、連日、フィデールを連れて城壁を登り、まだ来ぬ敵を見つめていた。ダークグレーのジャケットの軍服を着こんだ彼女は、その容姿もあいまって城壁にいる兵士たちからは羨望の眼差しが向けられていたが、本人は、その目線すら全く気にしていない。

 十二月の終わり、冷たい冬の風が吹き荒れる。例年の年の瀬ならば、王都では華やかな準備が進むはずだ。しかし、敵を待つこの最前線では、その冷たい風が、まるでこれから起こる戦いの予兆のように、鋭い音を立てていた。

 彼女にとっては初めての戦場であったが、ミレーヌには一切の緊張感がなかった。ガレルッオの将兵は、公爵家摂政が自ら陣頭に立つことを知り、士気を極めて高めた。町の住民たちもまた、張り詰めた雰囲気の中で彼女の姿を目にしたことで安心感を覚え、籠城の制約下でも日常の生活を保っていた。


 

「そろそろ降りられた方がよろしいかと。今日は風が強くお体に差しさわりがあってはいけません」


 フィデールが主人の身を案じて言った言葉は、彼女には伝わっていないかのように微動だにしない。その時、城壁の隅から突然、リナが身軽に飛び上がってきた。彼女は、正規の階段ではなく、七メートル超の城壁を、まるで足場があるかのようによじ登ってきたのだ。フィデールは即座に剣の柄に手をかけたが、それがリナだとわかると、鋭い殺気を一瞬で押し殺す。リナはそんなフィデールのことを構いもせずに、変わらぬ笑顔でミレーヌに歩み寄った。


「驚いたわ。どうして城門から入らないの?」

「面倒じゃん。それより敵さん、動き始めたよ」


 リナは、要塞都市ガレルッオ到着後に斥候を勝手に引き受けて、敵の様子を探っていた。


「数は?」

「三万もいないかな。二万七、八千ってところだと思うよ。あの行軍速度だと、たぶん四日後の午前中くらいにはこちらに着くかな」


 その言葉を聞いたミレーヌは、傍にいた公爵騎士団第一部隊長のテジ・ダヴィドに向かって言った。


「聞いたわね。明後日から臨戦態勢に。それと領都にいるレベッカに連絡。四日後に戦闘に入ると」


 そう言って、要塞都市内の館に戻る。彼女が館に戻る頃には、要塞都市全体に緊張感が満ちていた。しかし、それは恐れではなく、これから始まる戦いへの静かな決意だった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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