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第79話 ミレーヌのプラン

 討伐令の情報は瞬く間にグラッセ公爵領全土へと広がった。ミレーヌは、動揺する領民をすぐに落ち着かせ、避難を望む者には領都近郊の居住地を提供するといった迅速な対応がとられ、特段大きな混乱も生じなかった。しかしながら、戦争が近いと思う人々の顔は暗かった。

 ミレーヌの指示により、事務方のレベッカやパトリスが対応策に追われてる最中、王都の次席書記官オーブリーから書簡が届く。王都の館にいた公爵家の者たちはすべて投獄され、館は接収されていた。ラウールは、念のため王都の商館を閉鎖し、懇意の商人から情報を得るも、今やオーブリーからの情報だけが頼りだった。その書簡を読んだミレーヌは、すぐさま幹部を会議室に集めた。

 レベッカやパトリス、ジャックもまた、連日の激務で顔に疲労の色を浮かべていた。対照的にラウールは戦争という絶好の商機が到来したのか表情が明るく動作もいつにもまして機敏である。ゲオルクがいつもどおり涼し気な顔をしているのを見たリナは、問い詰めようと立ち上がりかけた瞬間、ミレーヌがフィデールを従えて入室した。

 席に着くなり、ミレーヌは討伐軍主力は北と東の二方面から攻め入ることと、そしてリアル辺境伯にも出兵命令が出たことを話した。


「以上が敵の侵攻方針。総勢十三万以上ということが書いてあったわ」

「思ったよりも大軍ですね」


 ジャックが豊かな顎鬚を触りながら思案気に返答した。


「こんな馬鹿げた戦いに貴族が勇んで参陣するはずがないわ。やる気ないでしょうから半分程度じゃないかしら」


 危機的状況にもかからず銀髪の公爵家摂政は涼し気な顔で答える。するとゲオルクは、豪胆な笑みを浮かべつつも、真剣な目で返答した。


「確かにな。それでも七万程度、うちらの七倍だぜ。どうするんだい?」

「ジャックの考えは?」


 その言葉を聞いたジャックは立ち上がって説明を始めた。


「当家としては最悪の状況ですが、侵攻ルートは想定どおりです。東は、城塞都市ロサーク、北は要塞都市ガレルッオで食い止めます。西側の辺境伯は同盟者ですので、要塞化した関所に百名程度配備し、形だけ相対します。城塞都市ロサークは兵四千五百名配備し、私が指揮します。要塞都市ガレルッオも、四千五百名と新たに加入した傭兵団も加え総勢四千六百名配備し、ゲオルクに指揮させます。残りの兵一千と、自由兵一千は領都にとどめ遊軍とします」


 ジャックが説明を終えるや否や銀髪の女性は声を発した。


「ダメよ」


 ミレーヌが発した言葉に出席者一同驚きの目を向けた。リナ以外であるが。ジャックが彼女に理由を問いただした。


「理由をお聞かせ願いますか?」

「ガレルッオの指揮は、私が執る」

「ミレーヌ様自らですか……あまりにも危険です」

「北方面軍の指揮官はブローリ公爵だと聞いたわ。会って話がしたいの」


 その言葉に、リナが少し笑ったが、ミレーヌ以外の出席者はそれに気が付かなった。


「それでしたら、ゲオルクが軍を指揮し、ミレーヌ様はガレルッオ都市内にいればよろしいのではいでしょうか?」

「私が要塞都市ガレルッオを守備することは確定事項よ。ゲオルクには、違う役目があるの。新しくスカウトした傭兵団と自由兵を率いてもらうから。後で詳しい内容を伝えるけど、その前に今回の戦いの基本方針を伝えるわ。持久戦に持ち込む。これが絶対方針よ」

「おいおい、持久戦だって? 援軍などありゃしないぜ」

「では、打って出るというのか? 大軍に対して少数の兵で野戦を挑んでも包囲殲滅されるだけだぞ」


 ゲオルクの発言に対して、すかさずジャックが反論した。


「確かにそうだが、リアルの野郎も表立ってはこちらに味方はしないんだぞ。もしかしたら裏切って攻め入る可能性もあるんだぜ」


 ゲオルクが珍しく真剣な顔で言い返す。それを聞いたミレーヌはほほ笑んだ。


「大丈夫よ。隣のラスカ王国に偽造したリアルへの勅書が届くようにしておいたから。内乱状態で手薄になるから、今頃辺境伯のところに攻め入る準備をしてるはずよ。ラウール、そうでしょ?」

「はい、手の者の報告では、ラスカ王国は動員令が発せられ二、三万程度の兵で攻め入る準備を進めている模様です」


 それを聞いて驚いたゲオルクが問いただした。


「リアルに貧乏くじを引かせるとは恐れ入った。しかし、リアルが負けることは想定してないのか?」

「大丈夫でしょ? 今までも何度も撃退してるし。負けたら負けたでいくらでも策はあるから」

「かなわねぇな」


 呆れ顔でゲオルクがつぶやいた。それを無視してミレーヌはラウールに問いただした。


「ラウール。食料や弾薬の手配はどうなの?」

「はい、討伐令の一報を聞いた際に、調達しました。物資は二都市にすでに運び入れておりますので、一年は大丈夫かと」

「かといって一年後に撤退してくれるかどうか分からないぜ」


 ゲオルクが当然の懸念を伝えると、ミレーヌは笑みを浮かべた。その顔を見たゲオルクは銀髪の女性は自分には思いつかないことを考えていることが分かった。


「ラウール、報復措置として銀の市場供給を全面的に止めて」

「はい、ですがよろしいのでしょうか? 銀の価格は高騰し国内は大混乱に陥りますが」


 公爵家は、国内市場に流通する銀の約七割を供給していた。これを停止することは、銀の価格を急騰させるだけでなく、流通するすべての銀貨の価値を暴騰させるため、経済活動はたちまち大混乱に陥るだろう。貨幣の信用が失われれば、統治体制そのものも不安定になり、討伐軍の侵攻で国境が手薄になっている今、バニア皇国などの他国がこの機を逃さず介入するという、最悪の事態を招きかねなかった。


「止めた分は、闇市場で売却して構わないわ。今大混乱になって他国に介入されると私達まで巻き添えになるから。ただし、対価は必ず金で」

「承知しました。今までよりも高く売れますな」


 ラウールがほほ笑むのを見たミレーヌはレベッカに問いただした。


「あと、レベッカ。以前お願いしていた件、どうなったの?」

「はい、目標量の六割までは生産完了しました」

「あと、どの程度かかりそう?」

「大よそ四か月です」


 その言葉に満足げに頷いたミレーヌは静かに周囲を見渡した後、幹部に言い放った。


「今回の戦いは、今から四か月の間、敵の攻勢を防げばいいだけ。そう、春には私達の勝利よ」


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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