第77話 娘の助言
エドワード王太子が命じた討伐令が各貴族に伝達されると、カッツー王国は未曾有の混乱に陥った。戦争など誰も予想していなかったのに戦争が起こるだけでも驚きであったが、その対象が、カッツー王国の最大貴族の一角グラッセ公爵家ということが混乱に拍車をかけた。王家とミレーヌの間に抜き差しならぬ問題が生じたのかどうか、他の貴族はどの程度兵を集めるのかなど、各貴族は情報収集に躍起になっていた。
国内が混乱に陥ってる最中、王太子妃の部屋に、父であるジュノイー侯爵が訪問していた。表向きは、娘が少し疲れて床に臥せっているということでの見舞いであったが、その娘は至って元気である。
「だから言っただろ、馬鹿な人間には注意しろと」
「あそこまで馬鹿だとは思いませんでしたわ」
セリアは、父の苦悩をよそに、優雅にティーカップを傾けた。
「戦いは負けると見たか?」
「やる気のない貴族をいくら集めても勝ち目はありません。あの女も、黙って侵攻を許すとも思えませんから、相当抵抗するでしょうしね」
「それで、どうすれば良いのだ?」
疲れ切ったジュノイー侯爵が尋ねた。
「計画を変更します」
「おい、簡単に変更すると言ってもな」
「仕方ありません。あんな男じゃ、この国は治められないのは知ってたけど、あそこまでひどいと何しでかすか分からないから」
紅茶を飲むセリア。セリアの当初の計画は、王太子の信望を集め、病に臥せっている王を始末し、貴族を一掃したあとに、騎士団などを取り込み、王太子を堕落させて自分が権力を握る算段であった。
「まあ、あの場にいた私もあそこまで馬鹿なことを口走るとは思いもよらなかったからな。どう変更するんだ」
彼女は、斡旋しようとした婚姻を断られたくらいで討伐令を発した王太子を支持する貴族は急速に少なくなるに違いないと予想した。このまま王太子を王にしても、貴族が言うことを聞くとは思えないため、予め考えていた変更計画を披露する。
「少し早いですが、王太子を捨て駒にします」
「捨て駒か……。それではお前が全面に立つのか?」
「いえ、まずはお父様に信望を集めようかと」
驚く侯爵を無視して、笑みを浮かべながらセリアは紅茶を飲んだ。
「大丈夫ですわ、お父様……」
セリアは父に説明した。
まずは、ジュノイー侯爵とセリアはともに王太子に戦いを止めたい一心で諫言したがそれは無視されたと、親しい貴族を通じて、国内に噂を広める。
続いて、王太子を信奉している貴族は、ミレーヌとの闘いの前線に立たせて疲弊もしくは戦死を画策し、王太子の力を弱める。
さらに、ジュノイー侯爵は、貴族たちの愚痴を積極的に聞き、ジュノイー侯爵家に親しい姿勢を見せる貴族を最前線には配備せず力を温存させ、国王派から自分を信奉する派閥の形成を図る。
「つまり、国王派の派閥を私の派閥にしろということか」
「そのとおりですわ、お父様」
(上手くいくのだろうか?)
侯爵の頭に、自分の父の過去の行いがよみがえった。権力欲に取り憑かれた人間であり、いつ破滅するか心配ばかりしていた。亡き父が目の前に生き返ったかのような娘。その強欲さが、いつかこの家を滅ぼすのではないかと、漠然とした不安に襲われた。
「国王直属の騎士団はどうするのだ?」
「そちらはご心配なく。私が幹部を篭絡していきます」
娘の策は、自分の常識をはるかに超え、あまりにも危険なものだった。しかし、ここまで来たら、彼女の才能に賭けることこそが、この家を生き残らせる唯一の道だと、公爵は悟った。
「病に臥せっている陛下はどうするのだ?」
「そうですね、戦争に負けた段階で、陛下には病死していただきます」
改めてその言葉を聞きゴクリとつばを飲み込むジュノイー侯爵。それを無視してセリアは言葉を続けた。
「そして、敗戦の責任は私達に反目する貴族に押し付け処分。新たな王となった馬鹿男は、無能なふるまいになるように仕向ける。さらに、王家の家臣の信望を私に集め、そして」
「そして?」
「捨て駒を処分し王権を奪取。最後に残った貴族を一掃する。これでいかがしら?」
公爵は疑問点を問いだした。
「しかし、国王軍に打ち勝ったミレーヌの一人勝ちになりかねんぞ」
「大丈夫ですわ。あの女にはせいぜい一万人程度の兵士しかいないでしょ? 今回数多の兵が向かうのですから無傷というわけにはいかないはず。それと、公爵家の領民に反乱を示唆したり、家臣の調略してこちらに寝返るように調略などして、あの女の足を引っ張るというのはいかがかしら? うまく行けば儲けもので、相手の混乱に乗じて隙があれば攻め滅ぼせばいい話ですしね。ああ、その場合の馬鹿男の処分はまた考えますから」
侯爵は、静かに目を閉じた。このまま王太子に従っても、貴族たちの自身への信望は失い、いずれは共倒れするだろう。ただし、計画変更したのはやむを得ないが急ぎすぎている思いはいまだにくすぶっていた。
彼は、娘を改めて見た。娘の表情に、確固たる勝算があることを感じ、今更引くことはできないとの思いに至った。
「わかった。お前の言うとおりにやってみよう」
「お願いしますね、お父様」
部屋から出ようとするジュノイー侯爵に向かってセリアが話しかける。
「あと、お父様、討伐軍の総指揮官ですが」
「分かってる。王太子か三将軍のうちいずれかを総指揮官とするよう進言しようと思っているが問題あるか?」
カッツー王国には国王直属の騎士を統率する将軍が三人いる。レアンドル・ドガ将軍、オレリアン・モラン将軍、ギヨ・アイヤゴン将軍の三名である。
「それでしたら、ドガ将軍がよろしいかと」
「王太子ではまずいか?」
「出陣しなければ、貴族は自分たちだけ戦争に駆り出されると思い、馬鹿な男に恨みを抱きますから」
「では、なぜドガが良いのか?」
「あの方、生理的に嫌いですの。目的のためとはいえ、抱かれるのなんて虫唾が走りますから。敗戦の責任は、ドガ将軍に取ってもらいましょう」
部屋を出た侯爵は、一つ溜息をついた。とんでもない悪魔を生み出したのかもしれないと後悔に駆られたが、やるしかないと改めて思った彼は、王太子の元へ向かった。
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