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第75話 討伐令

「ま、まことか、パスカル。余が三度懇願しても、ミレーヌはそのように言ったのか……」

「は、はい。殿下」

「……」


 怒りに震えたエドワードは、顔を歪める。傍にいた者は王太子の気持ちを十分に理解した。しかし、次の言葉に驚愕した。


「もはやミレーヌは王家の敵である。よって討伐する!」


 その場にいた家令のジブリルは驚き諫めた。


「失礼ではございますが、そのご発言、今一度ご再考いただきたく」

「再考の余地はない。余は二度我慢し、それでも手を差し伸べた。それをむげに断ったのはミレーヌである。これを正さなければ王国の権威が失墜する」

「確かにそうではございますが……」

「ジブリル、くどい!」


 すると、傍に控えていたジュイノー侯爵が諫めた。


「殿下、ここは使者を変えてもう一度公爵家と話し合うのがよろしいかと」

「無駄だ。ミレーヌのことは十分知っている。昔では考えられない無礼な発言、摂政となったことで増長したに違いない。王国を司るものとして、このような貴族は看過できぬ。ジュノイー侯爵、摂政として命じる。すぐに討伐の編成をしろ!」

「いや、殿下、短慮は……」

「命じたはずだ、ジュノイー侯爵。すぐに討伐軍を編成しろ。以上である」


◆◇◆◇


 エドワードが去ったあと、重苦しい雰囲気が謁見の間を支配した。ジュノイー侯爵は、呆然とするパスカルを冷たい視線を向けたあと、ジブリルに聞いた。


「ジブリル殿、どうする?」

「一旦、命が下された以上どうしようもありません。ただ……」

「『ただ』とは?」

「いえ、何でもありません。ご承知のとおり、私たちは王命が下されたあと、一日以内に詔書を作成し公表しなければ罰を受けます。侯爵は、殿下の命に従って軍の編成準備を」


 こう言って、ジブリルは去っていった。侯爵は、事態の急変に動揺してか、うずくまるパスカルを一瞥したあと、娘の元へと向かった。


◆◇◆◇



 家令のジブリルは国王の病床へ足早に向かっていた。王太子を止める事が出来るのは王しかいないと思い、直訴するためであった。

 王の寝室から医師が出てきてたので、謁見できるか確認した。彼らは、王の余命をできる限り長引かせるように指示をうけていたこともあり、首を振り「容態が思わしくありません。今は安静第一で面会はできません」と申し訳無さそうに言った。ジブリルはその言葉を聞き天井を見上げた。



◆◇◆◇


 突然自分の部屋にやってきた父から王太子の発言を聞いたセリアは驚きのあまり、ティーカップを落としてしまった。


(このような私怨で討伐を命じても、貴族たちは喜んで戦うはずがない。貴族連合のように統一されてない軍隊は、士気が低ければ単なる烏合の衆。あの女をその程度の戦力で倒せるわけがない。戦いに負けたら王家の威信は失墜し、貴族たちを抑え込むことはできない)


 セリアは父を置き去りにし、急いでエドワードの私室に向かった。セリアが私室に入ると、エドワードはテーブルを荒々しく叩き、部屋に物を投げつけていた。セリアは、彼の感情が、自分の想像をはるかに超えていることを悟った。


「エドワード様、伺いました。公爵家を討伐すると命じられたと」


 その言葉を口にした瞬間、エドワードは、彼女に血走った目を向けて怒鳴った。


「あたりまえだ!」

「ご再考していただけないでしょうか?」


 エドワードは愛妻を睨みつけた。


「お前は私の心を理解してくれる唯一の人間だと思っていたのに何故反対するのか! これは王命を軽んじたミレーヌへの懲罰であり、私の個人的な感情で命じた訳はない」


(単に個人の感情で動いているだけじゃない)


 心の中で毒づいた彼女は、裏腹な表情で彼に懇願した。


「そんな、エドワード様……。私は殿下の身を案じております」

「だったら、余計なことを言うな。王家をないがしろにするような貴族を放置すれば、貴族達は私を軽んじる。私は正しい(まつりごと)をするためにミレーヌを討伐するのだ」

「正しい(まつりごと)のためには、貴族の協力が……」

「お前は、父上と同じようなことを言うのか。もう話すことは無い。出ていけ!」


 セリアは、悲し気な表情をエドワードに見せ、退室した。ドアの外で真顔に戻ったセリアは思った。


(ここまで馬鹿な男だったとは、私としたことがとんだ見込み違い。仕方ない、計画を修正するしかないわね)


 彼女は、ゆっくりと自室に戻っていった。


◆◇◆◇


 ミレーヌが討伐令のことを知ったのは、その日の夕刻であった。レベッカが慌てて、メモを差し出す。王家の次席書記官のオーブリーが慌てて作成し、伝書鳩を使って伝達されたものであった。

 ミレーヌはメモを見て目を見開いた。彼女が後悔したのは、討伐令が発せられたことではない。感情に流されるエドワードの単純さを読み違えたことだった。

 ミレーヌは、王太子への三回目の会談の報告時に、まずオーブリー書記官から、使者の変更を上申させるつもりだった。使者が変われば、交渉は仕切り直しになる。新たな使者との交渉を長引かせることで、さらに数カ月は時間を稼げると計算していた。しかし、その策は、エドワードの感情的な暴走によって、あっさりと崩れ去ってしまった。


(あの馬鹿な男は、いつも私の予想を超えて動くのね。まあ、もともと消極的な策は私の性には合わなかったから致し方ないか)


 思い直したミレーヌは、レベッカに言う。


「すぐに、皆を集めて」

「既に、会議室にあつまるよう伝達してます」


 その返事に、満足気に頷いたミレーヌは、レベッカとともに会議室に向かった。少し早いがいずれ全面対決は避けて通れぬ道。この逆境こそが、自分の知略を最大限生かす時だとの高揚感がミレーヌを覆っていた。



◆◇◆◇


 

 時は数刻戻る。謁見の間に一人とり残されたパスカルは、未だに事態の急な展開をうまく整理できていない。


(確かに、ミレーヌは討伐されて当然だ。私があれほど説得しても首を縦に振らなかった女。私の言葉を跳ね返した女。そんな女は生きている意味はない。そうだ。私は悪くない。戦争がはじまるのは、私のせいではない。王太子が決めたんだ。私は被害者だ。私は単なる使者。私は悪くない。王太子のせいだ。ミレーヌのせいだ。そう、アイツらのせいだ)


 急に、彼は笑い出した。その笑い声はしばらく部屋の中で鳴り響いた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 第75話で第四章が完結となります。今後の創作活動の励みになりますので、ぜひ作品へのご評価(下の☆をタップ)や率直な感想さらにブックマークしていただけると幸いです。

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