第71話 王太子妃の思惑
王太子に婚姻を進言した日から十日後、王宮の一室で老執事アルビンが淹れた紅茶を優雅に嗜んでいた。その口元には、完璧に事が運んでいることへの、満足げな笑みが浮かんでいる。
「それで家臣たちは納得したのね?」
「はい、お嬢様。ただし、自分たちが使者となりたくないため、勅使を派遣することについては、殿下に懸念を伝えたそうです」
セリアは、王家の何人かの家臣に調略の手を伸ばし、摂政が出席する会議内容をアルビンに集約させていた。彼女は、自分が王太子に婚姻を唆した王家会議の顛末も、アルビンの報告により把握している。
「わかるわ。あの女と相対するなんて誰でも嫌だから」
飲んでいた紅茶を置いたセリアは、笑みを浮かべた。
「あの女もさぞ驚くでしょうね。承諾すれば公爵家は私のもの。まあ、拒否するでしょうけどね」
「左様でございますか。お嬢様」
アルビンの言葉に、セリアは冷たい笑みを浮かべた。ミレーヌは、感情や伝統に囚われず、常に合理的な選択をする女だ。ゆえに、王命よりも、自らの自由と公爵家の未来を優先し、この縁談を拒否するに決まっている。セリアは、そのミレーヌの行動パターンを完璧に読み切っていた。
「当り前じゃない。あの女が権力基盤をやすやすと手放すわけないじゃない。でも、断ったら、自分の評判が落ちる。これが本当の狙いだから」
セリアの心の中では、ミレーヌへの個人的な嫌悪感と、政治的な思惑が複雑に絡み合っていた。彼女にとって、この計画は、ミレーヌを追い詰めるための、痛快なゲームでもあった。
「あとは、貴族たちに、殿下の意向に逆らう者であると貴族達に広めていけば、手を差し出す貴族は皆無。それと同時に、動揺する家来たちの調略をして、内部崩壊よ」
セリアは、人の感情が、どれほど容易く、そして致命的に操れるかを熟知していた。彼女にとって、ミレーヌの持つ合理的で完璧な組織も、人の感情という毒を注入すれば、いとも簡単に崩壊する脆弱な城に過ぎなかった。
「調略できるのでしょうか?」
「調略できなくてもいいの。調略されているという事実を敢えて流してあげれば、皆、疑心暗鬼になるでしょ? そうすれば遅かれ早かれ内部崩壊するわ」
セリアの計画は、ミレーヌの勢力を武力で打ち破るのではなく、外と内から瓦解させることを目的としていた。
「あの女は、これで封じ込めるから、後は貴族たちね。まずは、借金で首が回らない者を王家が肩代わりする代わりに領地を召し上げるように仕向けないとね」
「王家の肥大化につながりますがよろしいのでしょうか?」
「肥大した王家を私が貰う。素敵じゃない。それに無能な貴族などに土地や地位を与えるのは無駄でしょ。今のうちに処分しとかないとね」
セリアは、貴族たちが持つ土地や権威を、王家の名のもとにすべて集約し、それを最終的に自分のものにしようと計画していた。彼女の強欲は、この国のすべてを支配するという、果てしない欲望へと向かっていた。
「それで、王はいつまで延命させるおつもりですか?」
「そろそろいいかなとも思うけど、重石が無いと、貴族たちが騒ぐのもやっかいだわ。王太子もまだ軽いし、もう少し持たせてちょうだい」
「承知しました」
セリアは策をアルビンに披露することで、自分の策の欠点を探っていることを、長年仕えてきたアルビンは熟知している。老執事は、彼女の今回の策は完璧だと思った。しかし、一抹の不安が彼の心の底に引っかかっていた。
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