第68話 王太子エドワード
王太子の結婚式から二週間後。エドワードは、父であるレーモン王に呼ばれ、寝室へと向かう。部屋の重い扉を開けると、家令のジブリルや医師たちが控えていた。彼らの固い表情と、室内に漂う重苦しい空気に、エドワードは嫌な予感を覚えた。
「おお、エドワードか」
声をかけられたエドワードは、父が横たわるベッドへ静かに歩み寄った。部屋に漂う薬の匂いと、父の衰弱した姿が、彼の心を締め付けた。
「そなたに頼みがある。最近は起き上がることも難しい。これでは政が停滞してしまうので、私の代わりに国事を代行せよ」
「父上、そんな……私で務まるとは思えません」
「エドワードよ、泣きそうな顔をするな。心配はいらん。お前の妻の父であるジュノイー侯爵に後見を願うつもりである。ジブリルよ、エドワードはどのような役職が相応しいか」
家令のジブリルは、王の言葉を待っていたかのように、静かに一歩前に出た。彼の顔には感情はなかったが、その泰然とした佇まいからは、王の言葉を事前に察知しているかのようだった。
「はい、摂政がよろしいかと」
「では、エドワードを摂政とする旨の勅書を作成せよ。あと、ジュノイー侯爵を呼ぶように」
「承知しました」
一礼したジブリルの泰然とした姿を見て、王は少し安心したような顔をした。
「それでエドワードよ。政を行ううえで、一つ言っておく」
レーモン王は、そこで一度、痛みに耐えるように顔を歪めた。しかし、すぐにその表情を消し、我が子を案じる父親の顔になった。
「貴族たちの気持ちを十分理解して配慮せよ。このカッツー王国は、貴族たちの協力で成り立っている。協力無くして王国の繁栄は無い。それを心せよ」
「はい、父上。承知しました」
「お前は純粋だから、政に正しさを求めるかもしれない。しかし、自分の信念が正しいと思っても、他のものは正しいとは思わない時が多い。決して感情に流されず、貴族たちの意向を十分理解して政治を行うのだ」
エドワードの心には、父の言葉への違和感があった。(政は、正しくあるべきだ)という信念が、彼の中に根強く存在していたからだ。しかし、病に苦しむ父の顔を見ると、その信念を口にすることはできなかった。彼は、父を安心させたい一心で、力強く頷いた。
「ご安心ください。父上」
それを聞いたレーモン王は安心した表情で目を閉じた。心配になり医師に目を向けるエドワード。医師たちは王に近寄り、王の容態を見る。「少し疲れたようでお休みになったようです」と返事するとエドワードはほっとした表情をした。
エドワードは、摂政としてこの国を導いていくという重責に、高揚感と、それ以上に大きな不安を感じていた。しかし、彼にはセリアという愛する妻と、彼女の父であるジュノイー侯爵という、頼れる後ろ盾がいる。彼は、その希望を胸に、静かに拳を握りしめた。
こうしてエドワード王太子は摂政となった。このレーモン王の判断はやむを得ないものであったが、カッツー王国の寿命をさらに縮めることになる。
この未来予想図を正確に描いていたものは誰一人いなかった。そう、ミレーヌも。そしてセリアも。
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