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第67話 父と娘

 ギュータン・ジュノイー侯爵は、国王派の重鎮として、貴族社会で確固たる地位を築いていた。娘が王太子妃となったことで、周囲からの羨望は一層強まったが、彼の心は晴れなかった。若い頃は、野心に満ちた父の残した火種を鎮めることに奔走したが、父の死後、彼は別の、より根深い悩みを抱くようになっていたのだ。それは、娘セリアの底知れぬ野心と、その才能をどう御すべきかという、父として、そして侯爵としての苦悩だった。

 そんな彼が、娘の結婚式が終わったことへの礼を述べるため、王宮を訪れた。本来ならば国王が応対すべきところだが、王太子の結婚式に出席して以来、国王の体調はすぐれず、執務室に籠もりがちになっていた。そのため、代理として応対したのは、国王の許可を得た王太子だった。

 公式な面談を終えたジュノイー侯爵は、王太子の許可を得て、娘の部屋へと向かった。部屋の前に立つと、彼がノックする前にドアが音もなく開いた。老執事のアルビンが丁重に一礼し、無言で侯爵を迎え入れた。


「お久しぶりです。旦那様」

「アルビン、驚かすな」

「失礼しました。足音で旦那様だと分かったもので。お嬢様がお待ちです」


 部屋のソファーには自分の愛娘のセリアが座っていた。ジュノイー侯爵は、セリアの前に座るやいなや、娘に苦言を呈した。


「まったく、お前は急ぎすぎだと散々言っているだろ」

「何のことでしょうか?」

「舞踏会でアントワーヌを(けしか)けた件だ。私は聞いてなかったぞ」

「挨拶代わりみたいなものですから」


 そう言って、セリアはアルビンが持ってきた紅茶を優雅に飲む。


「それでお父様、今日はどうしたのでしょうか?」

「お前が心配になって来たんだ。アルビンを付けても、お前には意見を言えないからな」


 そう言って、アルビンが運んできた紅茶に口を付ける侯爵。


「それで、容態はどうなんだ?」

「起き上がることも難しくなってきたみたいなので、先は長くないと思います」

「そうか。お前から計画を聞いた時は、先祖返りした父かと思ったが。無事にここまで漕ぎつけたのだから、あまり無茶はするな」


 侯爵の言葉には、娘の才能への驚きと、同時に危険な賭けに挑むことへの不安が混じり合っていた。しかし、セリアは、そんな父の感情を気に留める様子もなく、ただ冷たい笑みを浮かべていた。


「いずれ王妃になり、子供を産めば国母になれるんだぞ」

「国母なんてつまらないですわ。ねえ、アルビン」

「はい、お嬢様のおっしゃるとおりです」


 ジュノイー侯爵は、すかさずアルビンを睨む。


「アルビン、貴様はセリアを止める役目もあるのだぞ」

「承知しました。旦那様」


 侯爵は、アルビンの無表情な返答に、再び苛立ちを覚えた。アルビンは、セリアの最大の理解者であり、彼女の最も危険な計画を止められる唯一の人物だと思っていたからだ。しかし、アルビンは、常にセリアの味方だった。


「話は変わるが、ワトー侯爵が『話と違う』と散々文句を言ってきているがどうすればいいと思う?」


 ワトー侯爵はセリアたちに(そそのか)されてたあげく、ミレーヌと一戦交えたが、大敗し多額の賠償金を背負っている。


「ああ、あの三流役者ですか。捨てるのは簡単ですが、相手側に寝返るのも困りますから、王太子に言ってなにか栄誉の品でも下賜されるようにしておきます」

「それで納得するか?」

「納得しなければ、小策士の息子を懐柔すればよろしいでしょう。そろそろ当主になりたがっている年頃だと思いますよ」

「……わかった。王太子の方は任せる」


 侯爵は、セリアの無常な言葉に、もはや何も言う気力が湧かなかった。自分の娘は、いつの間にか、自分よりも恐ろしい存在になってしまったのだと、彼は静かにため息をついた。


 紅茶を飲み干し、席を立つ侯爵。ふと振り返ってセリアに告げる。


「人間ってものは、馬鹿なものが多い。お前のおじい様もそんな馬鹿な人間など気にする必要は無いと私に言っていたが、そんな人間に足元すくわれて立場が危うくなった事が幾度もあった。お前も気を付けなさい」

「そのお話、何度も伺いました。お父様」


 セリアはほほ笑みながら父に語り掛けた。その顔を見たジュノイー侯爵は、またため息をつき、部屋を出て行った。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
今日はここまで。 欲深い策略を持つものほど策略に翻弄されはまりやすい。 相手が悪いか。
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