第64話 結婚式
ミレーヌとリアル辺境伯との秘密同盟を締結した日から二週間後、王宮の一室で純白のドレスに身を包んだ女性が窓から外を見ていた。窓から見える光景は、今日の彼女たちの門出を祝福するかのような雲一つない青天であった。その景色を見ながら満足気にうすら笑いする女性。すると、ドアがノックされ、白色のスーツを着た青年男性が現れた。
「セリア……本当に綺麗だよ」
「エドワード様も、とても素敵です」
エドワードは、セリアの言葉に頬を赤らめた。心のうちとは全く異なる言葉を投げかけても、彼は真意に気づくことは無い。いや、彼女の真意を知っている者は、この王国内でも片手で数える程度しかいない。
「ありがとう。ようやく君と結婚できるよ。本当に待たせてしまって済まない」
「いえ、私のせいでもありますし……」
俯いたセリアの悲しげな姿に、エドワードは慌てて彼女の両肩に手を当てた。彼の顔には、彼女を慰めようとする焦りが浮かんでいた。もちろん、セリアの表情は、エドワードが自分の言葉にどう反応するか、すべて計算した上で作ったものである。
「君に責任は無い。そもそも、王宮の医師たちの説得に時間がかかったのは私の責任だ」
「そんな……もったいないお言葉です。エドワード様」
セリアは、哀愁の表情でエドワードの手を優しく握った。その手は冷たいが、彼女の瞳には、彼への感謝と、純粋な敬愛の念が浮かんでいるように見えた。
「あと、今日は、国王陛下は大丈夫でしょうか?」
「うん、最近は症状も落ち着いている。さっき会ったが、何があっても出席すると息巻いていたよ」
「それは良かったです」
すると、侍従の者が「王太子、そろそろお時間です」と声を掛けた。エドワードは「わかった」と答え、セリアに向かって「また後で」と言い部屋を出ていった。
彼の後ろ姿を見送るセリアの唇の端が、ほんの少しだけ吊り上がった。その口元は、幸せな花嫁の笑顔ではなく、世界を手に入れるために周到な計画を実行する強欲な侯爵令嬢の冷たい笑みだった。
◇◆◇◆
厳かな空気が満ちる大聖堂に、陽光がステンドグラスを通して降り注いでいる。セリアは、腕にエドワード王太子の手を絡めて祭壇へと進んでいた。頭上には、王家とジュイノー侯爵家の紋章が彫り込まれたティアラが輝いている。参列した貴族たちの羨望や嫉妬、そして畏敬の念が混じった視線が、彼女の秘めた優越感を満たしていった。
隣に立つエドワードは、心底から幸せそうな笑みを浮かべている。その純粋な喜びに、セリアは内心冷たく笑った。この結婚は、愛のためではない。そして王太子の純粋さを利用し、王家の血筋と権威というこの国で最も強力な武器を手に入れるための、完璧な計画の一つであった。
視線を、祭壇の横、公爵家の席へと向ける。そこに座る銀髪の公爵令嬢と目が合った。気弱そうな弟の手をしっかりと握っているミレーヌは、セリアの表情を一切読み取ろうとしない、静かな湖のような瞳で、ただじっとこちらを見つめている。
(忌々しい顔ね。少しばかり知恵が回るからと言ってお高く止まっているその顔が大嫌い。いずれ、恐怖に怯える顔にしてあげる。ククク、その顔を見るのが本当に楽しみだわ。でも、お前が私に膝づいて許しを請うたら許してあげなくもないけどね。そうね、奴隷として一生こき使ってあげるわ)
セリアは、心の中でミレーヌにそう告げ、無垢で幸せな花嫁の仮面を完璧に保ったまま、祭壇の階段を上っていった。
銀髪の公爵家令嬢は、衣装だけは純白の新婦の後ろ姿を見ながら、口元が少しだけで冷たい笑みを浮かべた。
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