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第60話 新たなる指示

 叙爵式から十日後。公爵家の執務室には、いつもと変わらないユリのポプリの香りが漂っていた。しかし、そこにいる筆頭書記官のレベッカは、静かに座る主人の前に、どこか張り詰めた面持ちで控えていた。


「検地も終わったから、次は、税制を統一するわ。現物徴収とか賦役とかいろいろ面倒じゃない。全部貨幣で徴収するって、誰も思いつかなかったのかしら」


(確かに、貴族社会のしきたりや慣習を当たり前のものとして受け入れていた。その常識を疑うという、単純ながらも革命的な発想こそが、お嬢様の強みね……)


 レベッカは改めて痛感しつつ答えた。


「今まであったものを当然と思っていましたので、面倒という考えすら思いつかなかったかと」

「誰に任せたらいいと思う?」

「仕組みだけなら、ラウール殿がよろしいかと。実際に施行などは、パトリス様にカインをつければ問題ないと」


 商人出身の青年書記官カインは、レベッカの補佐役として近侍していた。彼は、ワトー侯爵家との停戦協議で、賠償金として金貨三万枚を五年割賦で支払うことで交渉をまとめるなど、既にその才覚を示していた。


「それで結構。あと、街道整備と領境の関所の防衛面の強化も。特に城壁都市ロサークと要塞都市ガレルッオの補強工事は必須ね。両都市については、ジャックに改修案を頼んでおいてあるからそのうち出てくるかしら」


 城塞都市ロサークは、領都と王都をつなぐ幹線街道の要衝に位置し、古くから交易都市として栄えてきた。ガレルッオもまた、領都から北へ延びる街道沿いに築かれた要塞都市だ。この二つの都市は、公爵領の経済を支える大動脈であると同時に、有事の際に敵を迎え撃つ強固な盾でもあった。


「街道整備については、以前、ラウール殿から具体的な改修計画が提出されていますので、すぐに着手できるかと。関所についてはすぐに検討します。ただし、街道整備、関所改修、さらに両都市の補強工事となると、大規模な事業となりますので、使役する領民の負担が大きいかと思いますが」


 レベッカは、この大規模な事業が領民の生活に与える影響を案じた。しかし、ミレーヌは、そんな彼女の懸念を気にも留めず、淡々と答えた。


「使役する領民には必ず給金を出しなさい。今までは税の代わりに使役されていたのが、お金が貰えるとなれば目の色も変わるでしょ? あと、カインが私の真似して検地の時にインセンティブ制を導入したと聞いたけど、今回も同じようにすれば早く成果を上げられるはずよ」

「予算はいかがいたしましょうか?」


 ミレーヌは、レベッカの問いを少しも不審に思わなかった。彼女の脳裏には、すでに侯爵家からの賠償金と、手元に潤沢にある銀の額が、完璧な数字として浮かび上がっていた。


「侯爵家からの賠償金があるでしょ? 足りない分は蓄財分の銀を使いなさい」

「承知しました」


 ミレーヌは、レベッカの返答に静かに頷き、さらに問いかけた。 


「銃の生産はどうなってるの?」

「はい、職人も慣れてきて月産六十丁程度まで増えました」


 先月ようやく銃身に短剣を取り付ける強度等の問題をクリアし、実用化の目処が立ち、彼女の作戦構想に大きな影響を与えていた。ミレーヌはその銃をもっと欲しいと思い、レベッカのキャパシティオーバーを懸念するも彼女に指示を出す。


「もう少し増やしたいわね。ラウールやサミールと相談して、増産計画を検討しといて」

「承知しました」


 主人にキャパシティオーバーを懸念されたレベッカは涼しい顔をして執務室を出た。自身の執務室に戻りながら、いつものとおり、ミレーヌの指示を頭の中で繰り返し、具体的な実行手順を考える。しかし、今回は違った。


(内政改革は従前の延長線上だからいいとして、防衛拠点の補強と鉄砲の増産? 戦争をお考えになっているのかしら……。攻め込まれるのを想定してる?)


 レベッカは、ミレーヌの指示が、単なる内政改革ではなく、来るべき戦いに向けた周到な準備であることを悟った。そして、いつか、この主人が見据える高みに自分もたどり着きたいという欲求が、彼女の中に密かに確実に芽生えていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ようやく今日はここで読みを終えることが出来ます。 ここからは女性二人の戦いで国の乗っ取り合戦でしょうか。
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