第56話 売り抜け
それから二週間かけて反逆者の処刑が行われた。ミレーヌの過酷な処置に避難の声は表立っては上がっていないが公爵領は重苦しい雰囲気に包まれていた。命令した者は全く気せず自身の執務室のソファーに座っていた。向かいには、ラウールとレベッカが並んで座っている。いつにも増してユリのポプリの香りが室内に満ちていた。ミレーヌは、書類を置いて問いかけた。
「それでラウール、銀の価格はどうなったの?」
「はい、ご指示のとおり銀の供給量を減らした結果、現在は昨年同時期の二倍になりました。ただし、値上がり幅も鈍化しつつありますので、そろそろ売り時かと」
「じゃあ、銀の月間需要量と同じ量を売却して」
「承知しました。それで一つご進言申し上げたく存じます」
「何?」
ラウールは説明した。国内の銀の価格が上昇したことで、隣国の銀の価格もつれ高となっていることから、国外でもある程度の銀を売りたいこと。さらに、対価として金を得ることができるので金の保有量が一層増えることを。
「どの程度売るつもり?」
「どうせ銀は暴落します。当家保有量の二割程度を売却はいかがでしょうか?」
ラウールの言葉に、ミレーヌは静かに頷いた。今回の計画の中で、銀の価値が暴落する構想を彼らに示している。ラウールの言は、彼女の計画を補強する魅惑的な提案だった。
「任せるわ。あと、ラウール、紙幣の発行を考えてるけどどう思う?」
「紙幣というと紙のお金ですか?」
レベッカが思わず問いかけると、冷たい笑みを浮かべながらミレーヌは懇切丁寧に説明した。公爵家が大量に保有する銀といつでも交換可能な紙幣を発行し、領内に流通させる。商人などは一年以上前から既に信用手形を使用しているから、手数料を取られない紙幣は歓迎するはずと。
「おっしゃるとおりですが、時期尚早と思います」
ラウールが懸念を示す。彼は、商人とは違い平民には紙幣が銀などと変わるという考えが全く根付いていないことや、今、国内で流通している銀貨は国王や大貴族などが独自に発行しており、銀の含有量に応じて価値が若干違う。確かに両替などで不便しているが、使い慣れている面もあり、そこにいきなり紙のお金を使えといっても混乱が生じ、経済が停滞する可能性があることを説明した。
ミレーヌはラウールの説明を聞きながら、目を閉じ腕組みする。右手の指が何度も肘を叩いていた。彼女の脳裏には、前世で学んだ歴史の知識が渦巻いていた。貨幣の歴史、紙幣の導入、そして人々の抵抗。そのすべてを理解した上で、彼女は最善の策を導き出した。
「わかったわ。まずは我が公爵家の銀貨をこの国の統一貨幣にしたのち、紙幣の発行に移る。これでどうかしら?」
「といいましても、銀貨をこの国の統一通貨にするには、まずは王家を……」
流石に不敬罪になりかねる発言にラウールは言葉を濁した。
「王家が存在している間に発行するのが都合がいいのよ。でも今すぐは無理ね。こういう事にはタイミングが重要だから。灰吹き法の公表も控えなさい。鼻の利く連中は知っているでしょうけど、公表する時期は追って指示するわ。貴方たちは、造幣の技術を持った職人を増やすことと、銀貨の改鋳や増産を大量にできる新たな造幣工場を造りなさい。それと、紙幣を作るにはどういう人材や材料が必要かも調べておいて」
二人はそろって了承の意を態度で示した。頭を下げながらレベッカは、この主人は私達には考えもつかないことを思い描いていることを察した。全容を理解するには自身の知識があまりにも不足しているのを痛感する。一方で、彼女は、この主人が、自分たちの知る歴史や常識をはるかに超えた知識を持っていることを確信している。その知恵の源は何か。彼女は、もはや恐怖や畏怖だけでなく、知的な探究心に駆られ始めていた。
◇◆◇◆
この日から一週間後、銀は大暴落した。市場に大量の銀が売られたからだ。多くの商人が大損する中、公爵家御用達の商人は巨額の富を得た。もちろん、その雇い主である公爵家当主は、それを上回る多額の金を得る。ミレーヌは、既に収集していた金の量を合わせて王国内の金総量の二十五パーセントを保有することとなった。
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